練習の合間、暇を見付けては会って他愛ない話をして、会う時間が無ければ電話をして(電話を作り出したグラハム・ベルは偉大な人だ。携帯電話を作った人は最高だ)過ごす。
正直な話をすれば腕の中に閉じ込めて片時も離さずにずっと二人で居たい。ほんの僅かな隙間さえ煩わしい。
別の存在であるが故に生じる隙間に苛立つ。一人の人間だったらこんな思いはしなくてすんだのに。何で僕らは別の存在なんだろう。
「おまたせしてごめんなさい」
息を切らせて彼が走ってくる。紅潮した頬はふっくらとしているけど、以前より引き締まった様に見える。
否、実際引き締まっているのだろう。
自分より華奢と言え彼はれっきとした男で、今まで運動らしい運動をして来なかった彼が鍛え始めたら多少の運動であれ劇的な変化を遂げるのは必至。しかも彼の場合、多少とは言えない練習量だ。
首を傾げるセナ君に笑いかける(嗚呼、こんな風に笑える様になったのも彼に出会ってからだ)
「久しぶりだね、セナ君」
「はい、一週間ぶりですね」
毎日電話してたから少し変な感じですけど、と嬉しそうに笑う。
抱きしめたい抱きしめたい抱きしめたい。隙間無くくっついてしまいたい一つの存在になってしまいたい。
「時間は大丈夫なのかい?」
「はい、今日は少し遅くても平気です」
「そう」
何故か焦る心。逸る気持ち。
「じゃあ僕の部屋に行かないか?此処じゃゆっくり話せない」
思う存分抱きしめられない。言われた瞬間何かを想像したのか(厭らしい事だろうか。それなら非常に嬉しいのだけど。君と繋がれる唯一の方法だから、僕はいつでも君を抱いていたいと思う)顔を朱に染めてセナ君は頷いた。
嗚呼、抱き締めたい。
道程の途中、他愛ない話の間でさえ考える。
抱きしめたい、隙間無く、一つになってしまえたら。ドロドロに溶けて僕と彼の境界線が無くなって。それは何て幸せな。
隣から聞こえたくしゃみに我に返る。
日が落ちた途端寒くなったからだろう、彼の吐く息が白い。
上着を渡したかったが彼は既にコートを羽織っている。コートの上から上着を羽織っても暖かく無いだろうし、その姿は酷く不格好だろう(きっと可愛いだろうけれど)
「セナ君、寒い?」
散々考えたあげく出て来たのはたったそれだけの言葉。寒そうだなんて見たら直ぐわかるのに。
セナ君は小さい笑って「少し」と答える。
毛糸の手袋越しに暖かい息を吹き掛けて、僅かな暖を取る仕種は小動物の様だ。
「赤羽さんは寒くないですか?手袋もしてないし……」
僕の貸してあげれたら良いんですけど、サイズが違いますもんね。困った様に笑って言う。
その言葉が可愛くて、気が付けば小さな手を捕まえていた。
「あ、赤羽さん?!」
「フー」
「いや、フーじゃなくて!」
「寒いんだ、暖めてくれるかな」
柔らかい手袋越しのそれは小さくて僕の手にすっぽり収まってしまう。セナ君は真っ赤な顔で暫くバタバタしていたが、観念したのか大人しくされるがままになった。
じわじわ、一つじゃないのに幸福を感じる。
「あの、赤羽さん。少し手を離して良いですか?」
「逃げない?」
「逃げませんよ!」
「フー冗談だよ」
笑いながら小さな手を離すと彼は突然手袋を取った。
「セナ君?」
手袋を取った手を、セナ君は差し出す。嬉しそうに微笑んで。
「折角手を繋いでるのに、手袋越しじゃ嫌ですから」
呆気に取られている僕の手を彼は持ち前の素早さで絡めとるとまた笑った。
手袋をしていた筈の手は酷く冷たかったのに、何故か身体は暖かい。
「さ、早く行きましょう赤羽さん」
掴まれた手を握り返して、笑う。
隙間無くではないし一つでは無い。けれど確かに今繋がっていると言う実感。別の生き物で良かったと、単純な頭が幸福だと叫んだ。
「フー、セナ君」
「何ですか?」
「好きだよ」
「なっ、何言ってるんですか!!」
「愛してるって言ってるんだよ」
「!!!(さっきより凄い事言ってる!!)」
ある冬の日
(君が好きで好きでどうしようもないと再確認する)
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