「セナ君、僕はもう生きていける気がしないよ」
 「しっかりして下さい、赤羽さん。傷は浅いですよ」
 「慰めはいらないよ……」



 鏡を見る勇気さえない。いつもは必ず見る鏡の前に立つ事は、今の僕にとって処刑台への階段を上るのと同じ事。
 一歩近付けばその分死に近付く。
 「心配するような事ありませんよ」
 優しい手つきで頭を撫でられて、その感触にうっとりと目を細める。優しい手は暖かくて心地良い。ずっと触っていて欲しいと思うくらい。
 否、触っていてもらわなければならない。
 もう僕は彼なしに生きていけないのだから。


 そう、生きていけない。
 だからこそずっと護って来ていたのに。彼が好きだと、格好良いと言ってくれた時からは今まで以上に。


 「少し切っただけです。2、3日すれば元通りですよ」
 「2、3日も傷物のままなんだね、僕の顔は」


 不慮の事故だった。
 突然の強風で飛んで来た落ち葉が頬を掠り、水分の無いそれが僕の顔を僅かに削った。
 血は出なかったが醜い赤い線が残ってしまった。僕の顔に。彼が褒めてくれた僕の顔に。


 「顔に傷がついたら生きていけないよ……何が残るんだ」
 「アメフトがあるじゃないですか」
 「フー、それはまた別問題さ」
 「スタイル良いですよね」
 「フー、僕は外を全裸であるけば良いのかな」


 其れは其れで良いかも知れない。道行く人は僕の鍛え上げられた肉体に賞賛を送るが良いさ。


 「ごめんなさい、赤羽さん。僕が間違ってました」
 「フー、何を謝るんだいセナ君。君のおかげで新しい道が開けそうだよ」
 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。謝りますから、其の道は閉じたままにしておいて下さい」


 僕の腕を掴み、真剣な眼差しで訴えるセナ君が余りにも愛しかったので、非常に残念ではあるけれどその道は閉じておく事にした。
 きっとこの道を開くのは僕とセナ君が別れた時だろう。一生訪れないのは残念だが嬉しい。


 「嗚呼、でもそうすると矢張り僕は生きていけないよ……」
 「赤羽さんってば」


 優しい声でセナ君が僕を呼ぶ。小さな手が僕の頭をそっと撫でて、愛らしい顔で微笑んだ。
 首を傾げて其の顔を見上げるとセナ君が笑みを更に深くする。



 「僕は赤羽さんの顔がどんなに傷付いても、赤羽さんが好きですよ」



 当然の事の様に言われて(微笑まれて)僕は嬉しくて目の前の小さな身体を抱き締めた。
 嗚呼、今ならこの傷さえ愛せるよ。






 幸福なナルシスト
 (君が愛してくれるなら僕はどんなに傷だらけの僕でも愛せる自信があるよ)