放課後の練習時間。いつもより遅く現れた赤羽は見るからに様子がおかしかった。
 色の濃いサングラス越しで分かり辛いが視線は何処か遠くを見ているし、溜息は通常の3割増。つまらないミスが続き、何を言っても生返事。
 チームメイトも心配するより、無表情で行動のおかしい赤羽を気味悪がっている。
 あのコータローでさえそんな赤羽を気味悪がって何も言わない。寧ろ言えない。
 正直チームメイト達は誰も今の赤羽にだけは近寄りたくないと思っていた。


 いつもより静かな練習が続く中。誰もが早く時間が過ぎます様にとそれだけを願っていた。






 「一体何があったの、赤羽。気持ち悪い」
 練習後、いいかげん赤羽の気持ち悪さに耐え切れなくなったらしいジュリが、吐き捨てるように言った。
 男より勇ましい行動に全部員が拍手をしジュリの勇気を讃えた。心の中で。
 赤羽はそんなジュリを見上げると大仰な溜息を吐いた。
 「何だ、沢井か」
 「私で悪かったわね。誰なら良かったのよ。コータロー?監督?それとも、泥門のアイシールド君?」
 泥門、アイシールドその言葉に赤羽は、見ている方が驚くくらい過剰な反応を見せた。
 言った側であるジュリも例外でなく、大きな目を瞬かせる。


 「フー」


 ごまかすように溜息をつくが遅い。
 今までの行動からジュリだけでなく、今部室に残っている全員が察した。だが正直信じたくない。聞きたくない。
 泥門のアイシールドが可哀相だし、何より自分達が被るだろう害は……想像するだけで身震いがする。
 上手くいっても嫌だし行かなくても嫌だ。
 今殴ったら都合よく記憶を失ってくれないだろうか。


 「アイシールド君に、セナ君に会いたいの?会いたいなら会いに行きなさいよ、欝陶しい」
 「フー、そう簡単に物事が上手く行くなら世の中はもっと平和だったよ、沢井」
 「アンタがそうやってうじうじしてると見てるこっちが苛々するのよ」
 煮え切らない赤羽の答えにジュリの声は苛立ちを含んでくる。
 続く台詞を瞬時に想像した部員達は一斉に扉に向かって走り出した。
 聞きたくない、自分達の心の平穏の為にも。


 「さっさと行って答えもらって来なさい!」


 ああ、止めてくれ。スタートダッシュが遅れ、今だ部室に居る数人の部員が願う。




 「好きなんでしょ、セナ君が」




 だが願い空しく、ジュリの唇からは聞きたくなかった言葉が飛び出した。
 男同士云々の問題では無い。赤羽が、と言うのが問題なのだ。
 赤羽とて人の子、誰かを好きになってもおかしくない。
 愛情表現も人並みであれば。
 「可愛い」とか「好き」の言葉が赤羽によって変換されなければ。


 体育会系人間の集まるアメフト部にとって、歯が浮く様な赤羽の台詞は拷問でしかなかった。





 「フー、沢井。だからそんなに簡単じゃないんだよ。………彼に拒絶されたら、僕はどうして良いかわからないんだ」
 ふ、と長い睫毛が赤羽の頬に影を作る。
 恋する乙女の様な振る舞いに、ジュリ以外のメンバーが気を失った。



 「行ってみなきゃわかんないでしょ」
 ジュリは赤羽の腕を引っ張ると倒れる部員を蹴散らして部室のドアを開けた。
 「沢井?」
 その向こう側に鞄ごと赤羽を放り投げて、強い眼差しで睨み付ける。




 「玉砕したら全員で慰めたげるから、さっさと行きなさい。言うまで帰って来るんじゃないわよ!」







 無常にも赤羽の前で扉は閉められる。ご丁寧にも鍵を内側から鍵をかける音までして。
 赤羽は其の閉ざされたドアを見つめ、今日一番の深い溜息をついた。









 #2 重症、つける薬なし
 (どうすれば良いかとか、どうするべきだとか、そんな事解っているのに体が前に進まない)