まるで「今日は良い天気だね」と言うのと同じくらいのさりげなさで告げられた告白に、セナは目を瞬かせた。頭の中で言葉の意味を処理できて居ないのだろう。 ほんの少し、赤羽にとってはとても長い時間が過ぎて、セナは漸く言葉の意味を理解し顔を真っ赤に染めた。 驚いた様に大きな眼を更に大きく見開いて、露出している顔や耳だけでなく、マフラーの隙間から見える首まで真っ赤にして口をぱくぱくと動かしていた。 何か言いたいし、何か言わなくてはいけないけど、何を言ったら良いかわからないのだろう。典型的なパニック状態だ。 いつもの表情で、赤羽は存外冷静にセナの様子を観察していた。 否、実際はそんなに冷静だったわけではない。正直な所、今直ぐ逃げ出したいくらいの気分だった。 其れでも逃げ出さずに其の場に留まっていたのは、『好きな子に格好悪い姿を見せたくない』と言うある意味男の子らしい理由からだった。 「突然すまない。でも、出来たら直ぐに答えを聞きたい」 少しでも冷静にならねば、といつもの様に溜息を吐いてそう口にする。 びくり、とセナの小さな身体が震えた。 未だ赤い顔で、視線だけが伺う様に赤羽を追っている。目があった瞬間凄まじいスピードでそらされるのだが。 こんな所でも最速なんだろうか、と思う。其処まで考えて、自分は思っていた以上に混乱しているらしい、と赤羽は心の中で苦笑した。 初恋だし、それも仕方ないかもしれないと思う。 今まで幾人か女の子と付き合った事はあるが、どれも長続きがしなかった。 彼女達は赤羽の容姿だけを見て寄って来ていたし、赤羽も其れが分かっていたから彼女達に固執する事が出来なかった。 本当の自分を見せていないのに自分を「好き」と言う彼女達を、赤羽は付き合っている瞬間、彼女達を抱いている時でさえも信じる事が出来ないで居た。 そして彼女達は自分が思っていた通りの相手でない事に幻滅するか、彼が自分を見ないと知って去って行く。 そんな時決まって赤羽は少し寂しい気持ちになるが、所詮其れだけだった。 追いかけようと思わなかった。更に言えば自分から「好き」だと言った事も無かった。 いつだって「好き」かと問われて、「好き」と口にしていただけ。 そんな赤羽が自分から「好き」と告げている。 誰よりも赤羽自身が驚いていた。 初恋は実らないと言うのが通説だけど、もしこの恋が実らなかったらどうなるだろう、と考えて、信じられないほど胸が痛くなった。 暗いサングラスの奥で赤羽は固く目を閉じた。 掌を強く握り締めて、セナの言葉を待つ。 急かしているのは分かるが、答えが否でも待てそうに無かった。 何より答えを聞かずに戻ったらジュリが怖い。 言い訳の様に其れを繰り返す。 「あの」 恐る恐ると言った風にセナが声をかけてくる。 ゆっくり目を開いて赤羽はセナを見た。 ぎゅっと唇を噛み締めて、少し赤みの引いた顔でじっと赤羽を見上げている。 目が合うと矢張り視線をそらしがちになるが、何か決心したのか其れでも頑張って赤羽を見上げてきた。 真っ直ぐ、真っ直ぐ。 背筋がぞくぞくする。何より僕はこの目が好きなんだ、赤羽は薄っすらと口の端を上げて笑った。 「何だい?」 「あの、僕、は」 「……ああ」 「あのっ」 セナは幾度も言いよどんで、其の度に泣きそうな表情になる。 何時も通りの表情でいる赤羽の心臓もセナが口を開く度に、早まっていった。今日だけで寿命がかなり縮んでいると本気で思う。 表情こそ変えないが、今の心境は裁きを待つ囚人同様だ。 早く早くと急かす気持ちと、出来れば何も言わないでくれと言う気持ちとが同じ量だけ存在する。 赤羽が緊張に耐えかねて唾液を飲み下すのと同時に、セナが勢い良く顔を上げた。 泣きそうな表情で真っ直ぐ赤羽と視線を合わせる。 「僕もっ、赤羽さんが好きですっ!」 告げて直ぐに顔を伏せ、小さな身体を更に縮こまらせるセナを、気付けば抱き締めていた。 「ああああ、赤羽さんっ!」 「ごめん、ちょっと今は顔見ないでくれるかな」 絶対情けない顔をしているから、とは言えずに赤羽は抱き締めた腕に力を込めた。 一瞬の後、おずおずと回された細い腕に、本気で死んでしまう、と感じる。 幸せすぎて死にそうだ。
#4 恋の重荷も苦ではない |