適当に話が出来る友達が居て、性格も顔もそこそこな彼氏も出来て(いや、この間別れちゃったけど)、失恋の痛手はあったものの特に問題なく平凡で幸せな生活を送っていた。
 余りに平凡で、何だかなあ、と思ってしまうけれど。正直な話スリリングな毎日が訪れたら訪れたで嫌だ。
 そう言うサスペンスやらスリルなんかは映画や小説の中だけで十分。
 だけどこうして20歳と言う区切りの時期を一週間後に迎えて、もう少しだけ。そう、塩一つまみとか、胡椒少々とか、そう言うちょっとしたスパイスが欲しいなって思ってしまった。
 思っただけで其れが来るなんて考えていやしないし、正直直ぐ来そうなスパイスと言えばちょっとした有名人に偶然道端で出会っちゃった!的なものだろう。
 割と冷静な頭で考えると其の程度だけど、其の時の私は軽くお酒も入っていて(お酒は二十歳からだけど、ちょっとフライング)気分が高揚していたから。だから、あんな事をしてしまったんだ。



 偶然見つけた流れ星に願い事なんて、似合わない乙女チックな。









 何時の間にか眠ってしまっていたらしい。私は緩慢な動作で身体を起こした。
 目に映るのは自分の部屋。薄ぼんやりとした頭で、これは夢だと理解する。
 だって、私の部屋の向こう側に別の部屋が見えるんだから。
 本来大きな窓があって、開けるとベランダに繋がっている筈の其れは何故か大きな一枚の透明な壁になっていた。そして其のガラス越しに見える部屋には、呆然と私を見ている一人の男性。
 彼も就寝予定だったのか、私と同じ様にラフな格好でベッドに入っている。
 青みがかった黒髪に、深海を思わせる色の意志の強そうな目。上半身しか見えないものの其の体はしっかり鍛え上げられていて、触ったら硬そう。


 て言うか、何か見た事ある。


 数度瞬きを繰り返し、働かない頭で記憶を探る。
 何処で見たのだっただろうか。すっごく好きで、何度も何度も見た覚えがあるのに。
 部屋の中を見渡して、本棚が視界に入った時に思い出した。
 「あ」
 音がしそうな速度でガラスの向こうに居る少年の顔を見た。



 「筧、君?」
 「!何で、俺の名前……」



 私の言葉に少年は目を見開いて呟いた。
 決定打だった。







 私はガラスギリギリの所に、筧君は少し離れた場所にお互いクッションを敷いて座る。
 警戒を解かないまま筧君は私を見ていた。落ち着かなくて私は髪を手櫛で整えたり、意味も無く座り直してみたりしている。
 「それで、アンタは何なんだ。これは一体どういう状況なんだ」
 「えーと、私はで……大学生やってます……。この状況については何も説明できませぬ……」
 何故か武士口調。
 筧君は大きな溜息をついて、もう一度問いを重ねた。
 「で、何でアンタは俺を知ってたんだ。アメフト好きなのか?」
 「いや、アメフトはそんなに詳しく無い、けど。その、えーと、何と言いますか」
 「………」
 私が言いよどむと筧君の眉間の皴が深くなって行く。ああああ、あの其の顔も非常にかっこ良くてぶっちゃけ好みですけど!すみません怖いです!!
 気のせいじゃなく、凄い威圧感が!!ガラス越しなのに……!!


 「アンタの知ってる事、全部吐いてもらうからな……」


 筧君、尋問とか、きっと、凄い、よ……。





 「私の世界と筧君の居る世界は別世界で!!其の理由っていうのが、私の世界にはある漫画がありましてですね!!其れに筧君が出てるからなんです!!」


 怒涛の勢いで言い放った言葉に、筧君は唖然とする。


 「はあ?!漫画?俺が、出てる?」
 「はいいい……で、多分こんな事になってるのは、私が筧君に会いたいなーなんて願い事しちゃったからだと思われます……」
 「願い事って……」


 筧君の視線が痛いです、先生。
 うん、でも其の気持ちはわかります。
 筧君にとって自分はリアルでも、私にとって筧君は漫画のキャラに過ぎず。其の人に会いたいって、何かもう本当に。


 「痛い人でごめんなさい……」
 「……いや、まあ色んな人間が居るからな……」


 心の距離も実際の距離もがっつりと遠のきました。
 おおう!!




 「あー、じゃあ後1個だけ」
 「はい?」
 「これは夢なんだよな」
 瞬きを一回。最初此処で目が覚めた時の事を思い出す。
 「多分。私は眠った記憶無いけど、多分お酒飲んでて寝ちゃったんだと思うから」
 「そうか、解った」
 「でも目覚め方は解らないよ」
 「実際目が覚めたら目覚めるだろ……って、日本語おかしいな」
 考え込む筧君に笑いかける。
 何か、凄く可愛く見えてしまう。




 「何だよ」
 「えとね、私漫画のキャラに会いたいとか思っちゃう痛い人だけど、筧君に会えて嬉しかったよ。有難う」
 もうこれが私の夢でも、何でも良いや。深層心理の奥で思ってた事でも何でも。
 実際嬉しかったんだから。一ファンとして。


 筧君は私の言葉に数回瞬きをして、小さく笑った。
 「変な女」






 パチリ、とスイッチを切った時みたいに目が覚めた。
 やっぱりお酒を飲みながら寝てしまっていたらしく、カーペットの上で目が覚めた。
 全部私の夢だったんだろう。
 軋む身体をぐっと伸ばして欠伸を一回。
 目覚めは最悪なのに、気分だけは最高だった。



 全部夢でも、本当に出会えたのでも、嬉しかった。
 昨日の夜の願い事を思い出して、勢いよく立ち上がった。









 #1 有難う、流れ星!!
 (全部夢でも、今日の私は絶好調!!)