「あのね、昨日で3度目だったの」 友人にそう告げた時、驚いた顔をしたのを忘れない。困った様に笑って私の名前を呼んで、「良かったね」と空っぽの言葉をくれた。 うん、ごめんなさい。 正直私も他人だったら「痛いな、この子」って思います。 でもね、本当なの。 あれは夢だけど夢じゃなくて、現実なんです。これ以上無い程幸せな。 「筧く、もはっ!」 「もは?!」 あの場所に着いた感覚に飛び起きた瞬間、勢いが良すぎたのかそのままベッドの上で転んだ。 まさか掛け布団に足を取られる事になるとは思わなかったよ。 場所が場所だからか、私の声が相当おかしかったからなのか。筧君は私の心配をするより先に、私の悲鳴にツッコミを入れた。 ……結構酷いよね、筧君。 鼻をさすりながら定位置に座ると、筧君が苦笑した。 「大丈夫か?」 「布団の上だったし、怪我は無いけど」 「変わった悲鳴だったな。『もはっ』」 「え、私そんな事言って無いよ!」 「言ったよ『もはっ』!」 悲鳴がツボに入ったらしく、筧君は声を上げて笑った。 此処に来て初めて見る笑い方だった。 私は恥ずかしいやら、嬉しいやら、悔しいやら。兎に角複雑な感情で頭がぐるぐるになり、耐え切れなくなって其の場に転がった。 「あああ、もう恥ずかしい!悔しい!でも何か嬉しい!!」 「嬉しいって何だよ。アンタ、Mか」 「そうじゃなくて、筧君の笑ってる顔見れたから。そうやって笑うと幼くなるよね、顔」 転がるのを止めて見上げると、一瞬で筧君の頬が赤くなる。 こう言う顔をしてると、16歳の男の子って感じで、そうそう、年相応に見える。 「何だよ、それ。いつもは俺が老けて見えるって事か?」 「老けてるって言うか、大人っぽい。達観してるって言うか……一歩下がって物事を見てる感じかな?筧君ってストッパー役でしょ」 言うと図星だったのか、ぐっと言葉に詰った。 「皆が暴走するから自分が止めなきゃって思って、一人冷静でいるタイプだよね」 「……よく解ったな」 「私の友達がそうだから」 「なるほど、つまりアンタは暴走する側なわけだ」 今度は私が言葉に詰った。 さっと視線を逸らすと、また筧君が笑った。 おおおお、言い負けた!口で負けた!年下に口で負けた!貫禄は最初から負けてるので、もう良いです。 何とか今の負けてますオーラを払拭しようと、話題を探す。 あ。そう言えば。 「今日試合だったんだよね、どうだった?」 「勝った」 「……おめでとう、で良いんだよね?」 「何でそんなに自信無さそうなんだよ」 苦笑する筧君を見上げて、どうしても目が合わせられなくて視線を彷徨わせた。 言葉を探して唇を噛み締める。 「何て言うか」 何か、筧君が。 「凄く怒ってる様な、気がして」 間違ってたらごめんね、って直後に呟いて視線を床に向ける。 見慣れたフローリングの床。今日に限って冷たく感じる。 「何でわかったんだろうな」 筧君がぽつりと呟いた。 「さんが意外と勘が鋭いのか、俺が解り易いだけなのか」 言葉は肯定を意味していた。 筧君は何かに怒っていた。 其の対象が何か、私には解らないけれど(起きている時なら解っていたのかもしれないけれど) 「何かあった?」 床を見つめたまま問い掛ける。 筧君もきっと同じ様な姿なんだろう。 「さんさ、アイシールド21って知ってるか?」 「ノートルダム大、最高のランナー…だったっけ?ごめん、断片的」 「いや十分だ。そう、ノートルダム大のエース、最高のランナー。俺が真剣にアメフトをやるようになった切欠」 筧君の声が静かな空間に響く。二人だけしか居ないのに、今までこんな静かだ何て気付かなかった。 もっと音で溢れていた。そんな気がする。 「其れを語る奴が居たんだ。いや、別に語るだけなら良い。でも、アイシールドは!」 「許せないんだ、筧君のヒーローを、汚された様な気がして」 「……ああ、そうかもしれない。確かにアイツは速い、けど本物はもっと!」 強い声で、ぶつけられない怒りを筧君は吐き出した。 私は其れを聞いているだけ。 暫くすると大きな溜息が隣から聞こえて来た。 「悪い、俺アイシールドの事になると、何か熱くなっちまって」 「ううん、良いよ。どうせ私しか居ないんだし。言いたい事あったら言っちゃってよ。壁よりマシでしょ?」 話し相手が居るから怪しい人に見られないし。其の言葉に筧君は噴出した。 「アンタ、本当に変な女だよな」 二度目に聞いた言葉には、最初には無かった温かみがたっぷりと詰っていた。
#4 君に近付いた気がする |