真っ黒になった画面を見て、私は逆に真っ白になり。回転しない頭を強引に稼動させて友人に電話する。 「助けて!パソコンが壊れて明日提出のレポートとか諸々消えた!!」 私の悲痛な叫びに返って来たのは激しい怒声と、今から行くからと言う頼もしい台詞だった。 極普通に眠り、次の日の朝俺は極普通に目を覚ました。何の夢を見る事も無く。 「あれ?」 其れに違和感を感じたのも束の間、直ぐに其の正体に気付く。あの夢を見なかったのだ。 現実と見紛う、否、夢の中にある現実の、夢。 異世界(だと彼女は言っていた。真実かどうかは確かめ様が無い)に住む一人の女性と、話をするだけの夢。 彼女の部屋と自分の部屋が奇妙な形で繋がり、隔てているのは一枚の硝子(の様な物) 其の向こう側に彼女は住んでいた。 少し散らかった女性らしい部屋で、俺を見て笑う。 所詮夢だ、と言うもあってか周りの人間には言えない様な事とか言ってしまう。からかえばからかっただけ反応が返って来るのも面白い。 夢を見始めた日から少々寝不足の感は否めないが、其れ以上に充実していた。 「……朝練、行くか」 今日は十分睡眠が取れ、身体的な面で言えば言う事の無いコンディションだった。その代わり精神的なコンディションはいまいちで、其れに伴って微かな身体のダルさを感じる。 たかが一日、愚痴を零せなかったとかからかえなかったとか、其れだけなのに。 何だかもやもやする気持ちを払拭する為、必要以上に勢い良く飛び起きた。 練習が始まればどうせ忘れてしまうだろう、見なかった夢の事なんて。 朝練が終わり、授業が始まって、いつも通り夕方の練習が始まる。 今日は一日、何故か喉の奥に何かがつっかえた様な気分のままでいた。 ベンチに座って水分補給をしていると、ドリンクを飲みながら水町が近付いて来た。 目が合うと反射の様に笑いかけられる。 「どうした」 「其れはこっちの台詞なんだけどなー。今日どうしたんだよ、筧」 「は?」 笑っていた筈の水町の目が突然真剣な其れになる。 しゃがみ込んだ水町が、下から俺を覗き込む。奥まで見透かされている様な視線にさらされ、やけに居心地が悪い。 「練習とかさ、偶に意識飛んでたろ。大西とかが心配してたぜー」 「ああ……ああ、そう、か」 「何かあったんなら、聞くぜー?」 水町はそう言っていつもの様に笑った。 ちらりと視線をグランドに移せば大西大平コンビや、先輩達が慌てて視線を逸らしていく。 随分と心配をかけてしまっていたみたいだ。 「大した事じゃない……大丈夫、多分明日にはいつも通りだから、気にするな」 「んはっ、それなら良いけどさ」 もう一度にかっと笑って水町は立ち上がる。背の高い水町の作った日陰の中で、ふとあの人を思い出した。 練習なんかじゃ忘れられなかった。 ずっと、胸の奥に、引っかかったままだった。 毎日見続けて、それでもたったの三日だと言うのに。 「なあ、水町」 「んあ?」 「何なんだろうな、これ。今まで知らなかった人なのに、たった一日会わなかっただけで、すげぇ気持ち悪い」 目を見開いてて一瞬の後、水町は笑った。訳知り顔の其れはやけに腹が立つ。 「そんなの簡単じゃん」 「恋しちゃってんだろ、筧がその人に」 筧先生に春が来たー。なんて叫ぶ水町の背に蹴りを入れて、俺は練習を再開した。 そんなんじゃない、これは絶対にそんなんじゃない。 疲れた身体を横たえて、次の瞬間自分のであって自分のじゃない部屋に辿り着いた。 其れに(何故か)安堵し、硝子に近付く。 こっちとあっちを隔てる硝子。其の向こう側に、彼女を見付けた。 余程疲れているのか、此処に来たと言うのに昏々と眠り続けている。(薄らと隈が見える。昨日は徹夜したのだろうか) 其の顔を見ながら、思う。 これは決して恋じゃない。 きっと、其処まで到達していない(出来ない)何かなんだ。
#5 夢の中でしか会えない君に |