軽やかに走る小柄な身体、長い黒髪は後頭部で1つに纏められて動く度に楽しげに揺れる。目が合った時、にこっと微笑んだ顔に、撃沈した。



 。15歳の春、運命的に恋をした。









 どうしようどうしようと繰り返して、何かよく解らない塊とか、見覚えのあるボールとか、見覚えのある人間とかにぶつかったり転んだりしながら慣れ親しんだドアを勢いよく開けた。
 「ちょ、どうしよう!!」
 「?!ああ、か……今度はどうした、何をしたんだ?」
 雲水が一瞬だけ驚いた様な顔をして、直ぐに呆れた声で問い掛けてきた。声的に、多分重大な事を言っても生返事で右から左へスルーだろう。畜生、腹黒ハゲめ。
 俺の心中さえ右から左へスルーして、雲水は黙々と着替えを始めていた。
 「さん、何かあったんですか?」
 「一休、お前は良い奴だねぇ……」
 腹黒雲水の冷たい態度との温度差にうっかりほろりとしてしまう。
 嬉しくて黒子を撫でると「やめてください」と真剣に怒られた。ふざけてごめんなさい。
 「で、今回は何だ。学校の備品を壊したのか?監督とのバトルで滝壺に新たな穴が増えたのか?」
 「備品はまだ壊しちゃいないし、滝壺の穴は増えてねえよ!!いや、て言うか備品破壊はともかく、穴は道具使わなきゃ増えねえよ!!」
 「バトルはいつものことじゃないっすか」
 「それはそれ、これはこれ」
 よいしょ、と手で荷物を避ける動作をすると一休の視線が妙に生暖かくなった。わぉ!!
 「いや、そんな馬鹿な事はさておき。凄いんだよ、聞いてくれよ!!」
 生温い空気を誤魔化して俺は叫ぶ。
 否、誤魔化さずとも叫びたかった。空よ海よ川よ大地よ学校よ、聞いてくれ。


 「ぴっちぴちの16歳!!好きな女の子が出来ました!!」





 「なにぃぃい!!」


 部室に居た人間全員の心が1つになった。
 詰め寄る男共の顔は非常に怖い。って言うか、試合の時より目が血走ってないか?!
 「好きな女の子って……ええ!!さんに?!」
 「何がどうなって、そんな事になった!!」
 「て言うか、生身の女子なのか?!其れとも遂に画面の中の……」
 ゴクウの失礼な台詞も今の俺にはどうでも良い事だった。




 あのさらさらの黒髪、小柄な身体でちょこちょこと動き回る姿は小動物を連想させる。
 忙しく無い筈無いし、大変じゃないなんて事口が裂けたって言えない。
 なのに其の中でも笑顔を絶やさず、いつも仲間の為に頑張っている姿に。





 俺は一目惚れしたんだ。








 「相手は誰なんだ?」
 比較的早く我に返った雲水が問い掛けてくる。
 目線が「どうせ一方的に知ってるだけだろう」と言っているのが非常に腹が立つ。うん、まあ其の通りなんですけどー。
 「名前は若菜ちゃん。下の名前は知らない」
 「若菜?それ名前じゃないのか?」
 「んにゃ、多分違う。だって」
 だって?と其の場に居た全員が首を傾げた。








 「王城の進が女の子呼び捨てにするなんて、考えられないだろ」








 直後の怒号と悲鳴は、確実に俺から聴力を奪って行った。
 麻痺する聴覚の中、いつか君の声で俺の名前を呼んで欲しい、とか、そんな。



 乙女的考え方をしてしまうあたり、俺は重症なんだろう。









 #1 一方通行ラブロマンス
 (マジで純粋な愛なんです、今此処にあるのは)