正直な話、恋をしたからと言って其れが直ぐ実る訳がなく。更に言うなれば、神奈川と東京と言う距離からして(例え同じ競技を行う部活のマネージャーと言う、偶然にも同じ立場に立っていたとしても)もう一度偶然出会える可能性なんて、限りなくゼロに近い。 其れは覆しようがない事実だ。だから、俺は偶然ではなく必然を起こす事にした。 神に委ねはしない、俺の運命は俺が切り開く。 「でも一歩間違えるとストーカーっスよね」 犯罪だけは止めて下さいね。 真剣な表情で告げた一休が物凄くムカついたので、デコの黒子を中心にでっかい時計を描いてから(きっちり3時にしてやった。お前は一生菓子を食っていろ)滝壺へとそっと放り込んだ。 滝壺に響き渡る激しい水音に俺は誓う。今日こそ若菜ちゃんとお知り合いになると。 「で、何で俺が此処に居るんだよ」 「そりゃ、俺が呼んだからだろ。おら、もうちょっとそっち詰めろ、狭いんだから」 「手前が部屋掃除すりゃ、詰めずに済むんだよ!」 俺の部屋でぶーぶー文句たれながら、其れでも渋々移動する阿含に俺は心の中でひっそり笑った。 何だかんだ言いつつ、「相談がある」って言えば来てくれる程度には友情に篤い奴なんだよな。 例え来てくれる確率が3割切ってても。 部屋に散乱するゲーム機とソフトを大雑把にどけて、何とか2人とも座れるスペースを確保する。……やっぱ、そろそろ掃除しないとマズイっぽ。 「で、忙しい俺を態々こんな小汚い部屋に呼び出して、何の用だ?」 「忙しいって阿含遊び歩いてるだけだろ。雲水見習え、雲水。今日も真面目に部活だぞー。サボりは良くないぞー」 「そう言う手前だってサボりだろ。アメフト部マネ」 「うん、其れはそれ、これはこれ」 よいしょ、と手で荷物を退ける動作をすると思いっきり鼻で笑われた。この野郎。 「で?」 「ああ、俺好きな子が出来てさー」 あくまで軽い口調で言ったのに、目の前の男は其れを聞いた瞬間遠慮なく噴出した。 そして正気か、と言わんばかりの目でこちらを見てくる。正気だよ、と其れに見返してやれば、大袈裟に溜息を吐いて肩を落とした。 「よりによって俺にそんな話かよ」 「似合わないとはわかってんだけどさぁ」 お前の他に相手が居なくて。言葉にはしなかったが続く台詞を理解できたらしく、阿含は口の端を上げて笑った。 うちは外界と遮断された男子校だ。 これがもし女子高なら非常に心躍る響きだったのだろうが、男子校ならそうもいかない。 高校生活3年間送れば出来上がるのは箱入り息子ならぬ、女の子に飢えまくり凶悪な変態となった野郎共。 全くもって手に負えない。 きっちりかっちりした学則に縛られて外に出ても女の子と会話とか、あまつさえデートとか、そんなの夢のまた夢になってしまっている。 ……物凄く普通の事だと思うんだけどな、何でだろう。神龍寺に来てからそんな普通の事が、手の届かないお宝の様に感じられる。 そんな連中にこんな相談出来やしない。しようもんならあらゆる手段で阻止しにくるか、漁夫の利されて女の子もって行かれるのがオチだ。 だからこそ、女に飢えてなくてそれなりに経験豊富な男にアドバイスを頼むしかない。 ……若干間違えている気がしないでもないけど。 「俺はナンパした事あっても、恋愛なんてままごとなんざした事ねえぜ」 「そうか、阿含もまだまだお子ちゃまだったのか」 良い音がして鳩尾に拳がめり込んだ。 のたうち回る俺の頭に「お子様みたいなおままごとしない、大人なんだよ」と言う声が降って来る。 た、たくさん恋をしないと良い大人になれないんだぞ! いや、本のうけうりだけど。 「おおお…あご、ちょ、今マジ痛い!」 「痛くしたんだよ」 「もうちょっと人に優しくしろよな」 「お前がイイ女なら優しくイかせてやるよ」 ヤラしい手つきをして阿含が笑う。 「ヤーらしい」 そのままの感想を告げれば、阿含が声を上げて笑った。 「ヤらしくねえ男なんざ、男じゃねえだろうが」 「ん、まあ確かに」 ケタケタ笑う阿含に釣られて、俺も笑う。 ヤらしいばっかってのもどうかと思うけど、と言う台詞は飲み込んだ。 俺にしては懸命な判断だ。 「で、お前の惚れた女って、どんなだ?」 「阿含の好みと真逆」 「あ?」 眉を顰める阿含に苦笑し、俺は頭をかいた。 「何つーの?ちっちゃくて、可愛くて、清楚って言うか純朴そうな子。あー…一途系?一回好きになってくれたら、多分裏切らないんだろうなって、そう言う子」 真っ直ぐ相手を見るあの黒い目を思い出す。 純粋な眼差し、化粧っけは無いけれど滑らかな肌、さらさら揺れる黒髪。 「もう裏切られるのはゴメンだからさ」 少し目を伏せて、小さく呟く。 阿含はそんな俺を冷めた目で見、鼻で笑った。 「そんな経験無えくせに」 「うん、ごめん。ちょっと其れっぽく言ってみた。何か、カッコ良くね?影のある男……って感じで!」 「手前じゃイメージ負け確実だ」 「酷え!」 正直な阿含の一言に傷付いたフリで倒れこみ、彼女を思い出す。 何にも無い俺だから、多分手に入れた何かを必死で護って育てようとする彼女が、眩しいんだろう。 恋愛経験値は無いに等しい俺が、子供みたいな恋をしたくらいに。 「あーあ、俺もお前みたいに後腐れない年上美人を好きになれば良かったのに」 物だらけの部屋に転がって呟けば、鼻で笑った音の後呆れた様な声が俺の耳に届いた。 「手前にゃ無理だろ。向いてねえんだよ、ガキ」
#1 一方通行ラブロマンス |