ラ ン ニ ン グ ハ イ
久方ぶりに訪れた家は相変わらず広くて綺麗な場所だった。
家具の模様替えは多少されているものの、初めて訪れた時に感じた『モデルハウス』と言う印象は変わらない。
何もかもが上質な物で彩られているが、決して嫌味に見せない。
生活感、あるいは生活臭とでも言うのか。一人の人間が長く同じ場所に住めば、必ず生じる其れが此処からは殆ど感じられなかった。
正直、住み辛そうな場所だと思う。自宅なのに自宅と思えないのではないだろうか。
「今日は定期報告だったね」
はい、と白いカップを差し出される。中には綺麗な琥珀色をした紅茶が注がれていた。
鼻腔を擽る上質な香りから相当良い葉を使用していると、紅茶に疎い自分でも分かった。
差し出した当人も柔らかなソファに腰を下ろし、カップを傾けた。
一連の流れに無駄は無く、其処だけ見ていると映画のワンシーンの様に感じてしまう。
そう言う人だからこそ、この上質な調度品の中に埋もれる事も浮いてしまう事もなく調和できるのだろう。
モデルハウス然とした家の中にあっても違和感が無い。
其れはイコール彼自身に人間味が無い、と。そう取れてしまう部分もあるけれど。
決してそうではないと分かっているが、此処にあってはそう見えてしまう。
(馬鹿な)
馬鹿な考えを紅茶と一緒に飲み込んで、口を開いた。
「今の所彼等の周辺は静かです。何者かが仕掛けてくる様子も見られません」
カップから顔を上げ、彼は思案する様に目を僅かに伏せて呟く。
「……このまま時期が来るまで傍観していてくれれば有難いけど、まあ無理だろうね。引き続き小烏丸の警護を頼むよ」
「わかりました」
ふ、と硬くなっていた空気が一瞬和らぐ。
先程の空気より居た堪れない気がして、紅茶を口に運んだ。
「あ、そうだ」
ふと何か思い出したのか、突然彼が口を開く。
「もうひとつ頼みが―――」
「スー!」
彼が口を開いたのと同時に部屋の扉が乱暴に開かれた。
激しい音と、音に負けないくらい大きな声。反射的に振り向くと一人の青年が立っていた。
ずかずかと大股で近付き、ソファに座るスピット・ファイアを見下ろした。
「?」
スピット・ファイアが不思議そうに青年の名前を呼ぶ。
きょとんとした表情がやけに彼を幼く見せていた。あまりに無防備な表情に此方の方が驚いてしまう。
と呼ばれた青年は荷物をその場に放り投げるとふらふらソファに倒れこんだ。上半身が全てソファに沈むとくぐもった声で「眠い」と訴える。
「は?」
「レポート終わんなくて、一昨日からほぼ貫徹……マジ眠い。うちまで帰れねえ…寝させて」
「ちょ、こんな所で寝ないでよ。寝てっても良いから、寝るならベッドに移動して」
慌ててスピット・ファイアが青年を叩き起こす。
常に万人に柔らかく接する男が遠慮なく叩き起こしているのだ、驚きで目が離せない。
2人共私の存在を忘れている事も都合が良かった。其れこそ遠慮せず見ていられる。
青年は外見的に特徴のある男ではなかった。極一般的な体型に、顔立ち。眠さの為か表情や動きがあどけない。
居るだけで目立つスピット・ファイアと共通点が何処にも見出せないほど、彼は『普通』だった。
だが、彼に対してスピット・ファイアは全く遠慮が無く。親友と言うより兄弟。幼い頃からずっと一緒だった家族の様な接し方をしていた。
其れも驚くべき事だが、もうひとつ驚いた事がある。
彼が部屋に入って来てから、空気が変わった。
生活臭のしなかったモデルハウスが、家になった。
整然とした場所に入り込んだ異分子の筈なのに、いとも簡単に彼は此処に馴染み溶け込み、塗り替えた。
(凄いな)
其のさりげなくも素早い干渉に感嘆する。
「ああ、もう。ほら自分で立ち上がって、さっさと移動して」
「んー………ん?」
腕を取って立ち上がらされていた青年がふと此方に目を向ける。私の顔を見て、首を傾げた。
眠そうな瞼を持ち上げて、回転しない頭で私が誰かを考えているのだろう。
青年が答えを出すより先にスピット・ファイアが私の存在を思い出した。
「ごめん、続きはまた今度で良いかな。今日はコレの世話をしないと」
これ、とまるでペットか物の様に青年を指す。青年は私が誰か考えるのを放棄したのか、眠気が勝ったのか完全に瞼を閉じていた。
其の様子に苦笑しながら頷く。
「ええ、勿論です」
「ごめんね」
「いいえ。では、また」
軽く会釈して元・モデルハウスの玄関を目指す。
「連絡するよ。……って、!ちゃんと自分の足で立って!」
扉を閉める瞬間、スピット・ファイアらしくない声が耳に届いた。
らしくない、けれど今まで見たどの彼より彼らしい気がした。
思わず零れそうになる笑みを堪えて、彼の家を後にした。
次に訪れた時は、そうだな。青年の事でも聞いてみよう、と密かに計画を立てながら。
家具の模様替えは多少されているものの、初めて訪れた時に感じた『モデルハウス』と言う印象は変わらない。
何もかもが上質な物で彩られているが、決して嫌味に見せない。
生活感、あるいは生活臭とでも言うのか。一人の人間が長く同じ場所に住めば、必ず生じる其れが此処からは殆ど感じられなかった。
正直、住み辛そうな場所だと思う。自宅なのに自宅と思えないのではないだろうか。
「今日は定期報告だったね」
はい、と白いカップを差し出される。中には綺麗な琥珀色をした紅茶が注がれていた。
鼻腔を擽る上質な香りから相当良い葉を使用していると、紅茶に疎い自分でも分かった。
差し出した当人も柔らかなソファに腰を下ろし、カップを傾けた。
一連の流れに無駄は無く、其処だけ見ていると映画のワンシーンの様に感じてしまう。
そう言う人だからこそ、この上質な調度品の中に埋もれる事も浮いてしまう事もなく調和できるのだろう。
モデルハウス然とした家の中にあっても違和感が無い。
其れはイコール彼自身に人間味が無い、と。そう取れてしまう部分もあるけれど。
決してそうではないと分かっているが、此処にあってはそう見えてしまう。
(馬鹿な)
馬鹿な考えを紅茶と一緒に飲み込んで、口を開いた。
「今の所彼等の周辺は静かです。何者かが仕掛けてくる様子も見られません」
カップから顔を上げ、彼は思案する様に目を僅かに伏せて呟く。
「……このまま時期が来るまで傍観していてくれれば有難いけど、まあ無理だろうね。引き続き小烏丸の警護を頼むよ」
「わかりました」
ふ、と硬くなっていた空気が一瞬和らぐ。
先程の空気より居た堪れない気がして、紅茶を口に運んだ。
「あ、そうだ」
ふと何か思い出したのか、突然彼が口を開く。
「もうひとつ頼みが―――」
「スー!」
彼が口を開いたのと同時に部屋の扉が乱暴に開かれた。
激しい音と、音に負けないくらい大きな声。反射的に振り向くと一人の青年が立っていた。
ずかずかと大股で近付き、ソファに座るスピット・ファイアを見下ろした。
「?」
スピット・ファイアが不思議そうに青年の名前を呼ぶ。
きょとんとした表情がやけに彼を幼く見せていた。あまりに無防備な表情に此方の方が驚いてしまう。
と呼ばれた青年は荷物をその場に放り投げるとふらふらソファに倒れこんだ。上半身が全てソファに沈むとくぐもった声で「眠い」と訴える。
「は?」
「レポート終わんなくて、一昨日からほぼ貫徹……マジ眠い。うちまで帰れねえ…寝させて」
「ちょ、こんな所で寝ないでよ。寝てっても良いから、寝るならベッドに移動して」
慌ててスピット・ファイアが青年を叩き起こす。
常に万人に柔らかく接する男が遠慮なく叩き起こしているのだ、驚きで目が離せない。
2人共私の存在を忘れている事も都合が良かった。其れこそ遠慮せず見ていられる。
青年は外見的に特徴のある男ではなかった。極一般的な体型に、顔立ち。眠さの為か表情や動きがあどけない。
居るだけで目立つスピット・ファイアと共通点が何処にも見出せないほど、彼は『普通』だった。
だが、彼に対してスピット・ファイアは全く遠慮が無く。親友と言うより兄弟。幼い頃からずっと一緒だった家族の様な接し方をしていた。
其れも驚くべき事だが、もうひとつ驚いた事がある。
彼が部屋に入って来てから、空気が変わった。
生活臭のしなかったモデルハウスが、家になった。
整然とした場所に入り込んだ異分子の筈なのに、いとも簡単に彼は此処に馴染み溶け込み、塗り替えた。
(凄いな)
其のさりげなくも素早い干渉に感嘆する。
「ああ、もう。ほら自分で立ち上がって、さっさと移動して」
「んー………ん?」
腕を取って立ち上がらされていた青年がふと此方に目を向ける。私の顔を見て、首を傾げた。
眠そうな瞼を持ち上げて、回転しない頭で私が誰かを考えているのだろう。
青年が答えを出すより先にスピット・ファイアが私の存在を思い出した。
「ごめん、続きはまた今度で良いかな。今日はコレの世話をしないと」
これ、とまるでペットか物の様に青年を指す。青年は私が誰か考えるのを放棄したのか、眠気が勝ったのか完全に瞼を閉じていた。
其の様子に苦笑しながら頷く。
「ええ、勿論です」
「ごめんね」
「いいえ。では、また」
軽く会釈して元・モデルハウスの玄関を目指す。
「連絡するよ。……って、!ちゃんと自分の足で立って!」
扉を閉める瞬間、スピット・ファイアらしくない声が耳に届いた。
らしくない、けれど今まで見たどの彼より彼らしい気がした。
思わず零れそうになる笑みを堪えて、彼の家を後にした。
次に訪れた時は、そうだな。青年の事でも聞いてみよう、と密かに計画を立てながら。
風通しのいい関係
(其の時青年が居るともっと面白いと思うんだけどなあ)