ラ ン ニ ン グ ハ イ
1度目の出会いは偶然だった。なら、2度目の出会いも偶然なんだろう。
と、言うか。正直偶然じゃないとなると、困る。って言うか、怖い。
学校帰りに立ち寄ったコンビニで、目立つ赤い頭を見付けてしまった。
「げっ」
思わず嫌な声を上げてしまう。静かな店内の其の声は良く響いて、レジに居たダルそうな店員も、正直2度と会わないと思っていたアイツも、アイツに見とれていた女の子も一斉に視線を此方へ向けた。
其の中で1人、赤い髪の男だけが顔を綻ばせる。
「ああ、久しぶり」
特徴と言った特徴も無い俺の顔を、十日以上経った今でも覚えていたらしい。
男の記憶力の良さに感嘆すると同時に、憎しみも覚える。
忘れていてくれれば良かったのに。
「どうも」
適当に頭を下げると、男はミネラルウォーターのボトルを持ったまま近付いてきた。
たったそれだけの動作が絵になるって、お前どんだけ美形だよ。
「元気そうだね」
「まあ、健康だけが取得ですから」
言うと男は微かに笑った。
「敬語使わなくて良いのに。前は使って無かっただろう?」
前、と言われて前回の出会いを思い出す。其れと一緒に嫌な思い出もくっついて来て、眉間に皺が寄った。
だから会いたくなかったんだ。
「其れに約束したのになかなか店に来てくれないから。待ってたんだよ」
男はにこにこと人好きのする笑みを浮かべているが、ピンポイントで俺にプレッシャーがかけられている。そうか、俺は今笑顔で責められているのか。
何故。
あれは唯の口約束、と言うよりも社交辞令の様なものだろう。別に来て欲しいわけじゃないけど「今度うちに遊びに来てくださいね」「機会があったら、是非」って言う、お互い本気にしていないアレ。
俺としてはそう思っていたが、言った本人は違ったのだろうか。視線を彷徨わせながら言い訳の言葉を探す。
「いや、だって予約いるんだろう、あんたの店」
電話とか苦手なんだよ、と駄目押しも付け加える。
「ああ、そんな事気にしてたの?」
「其れに人気なんだろ?どうせ当分予約もいっぱいだろうし、俺が行っても儲けにならないんじゃ勿体無いだろうが」
ふむ、と男が頷いた。漸く諦めてくれたらしい。
やれやれ、と溜息をついた。大した用事があったわけでもなく、ふらりと訪れたのが拙かった。こうして男と会い、無駄な時間を過ごしてしまった。
否、男の誤解を解けたと言う点では無駄ではなかったかもしれないが。
あ、いやでも、今出会わなければ二度と会う事も無かったから、男の記憶から抹消されていただろうなと言う気もするからやっぱり無駄だった。
「それじゃあ、俺そろそろ」
「うちの予約客が気になるなら、定休日なんてどうかな?」
「は?」
「だから、定休日。君に予定が無ければ今度のでも構わないし、どうかな?」
どうかな?じゃ、ない。
神は俺を見放した!いや、一回も信じた事はなかったけど。
簡単に言えば、男が俺より一枚も二枚も上手だったと言うだけだ。
分かりやすく言葉にすると、天然、と言う名前の。
知り合いにも軽度の存在は居るが、此処まで重度の天然モノは初めて見た。
この男は今までどうやって生きてこれたのだろうか、矢張り顔だろうか。顔で全てを乗り切ったのだろうか。
「や、でも」
「空いてる?」
軽そうな問いかけとは裏腹に「返事はyes以外認めない」と空気が伝えてくる。そりゃあ、もう、ビシバシ痛いくらいに。
背中を嫌な汗が伝い落ちる感触に引きつりながら、俺は「空いてます」と口にした。
自分の意志の弱さに脱帽。
内心落ち込む俺など気にせず、男は嬉しそうに笑った。
この男は本当に天然だろうか。否、多分天然ではあるが、天然の種類が違う気がして来た。
「あ、じゃあアドレスと番号教えてよ」
「えーと……携帯?」
「自宅でも良いけど、携帯の方が気軽に連絡を取れるでしょ?」
不思議そうに首を傾げる男。手には男の携帯、早く早くと急かされて携帯を取り出してしまう俺。
いつの間にやら包囲網が完成してる。
この衝撃に俺はどう対処したら良いのか。流されてしまえば良いのか、其れはとても楽そうだ。否、しかし、其れは、何だか嫌な予感がするぞ。
この時俺は確かにひしひしと感じていた。
一度繋がりを持ってしまったら最後だと言う予感を。
そして其れは決して間違いではないと、これから幾らも経たないうちに思い知る事になる。
ぱちん、と音を立てて携帯を閉じ、男は俺を見て満足そうに笑った。
俺の携帯に男のデータがあるのと同様に、男の携帯にも俺のデータが存在しているのだろう。
正直考えたくないが。
見下ろした先にあるのは男の携帯番号とアドレス、其れに加えてご丁寧にも男の店の番号が書かれていた。
其処の一文見慣れない文字。
「……スピット・ファイア?」
店の名前だろうか、とも思ったが其の文字があったのはオーナー名の場所だ。
店の番号だけならともかく、自分の番号を送る時まで店の名前を使うだろうか。
「ああ、其れ僕の名前。スピット・ファイアって言うんだ」
源氏名?
にこ、と微笑むホストみたいな美容師に、思わず其の言葉が浮かんできた。最後の理性が其れを口にする事を押し留めたが。
「君は」
もう一度音を立てて男が携帯を開く。
「、って言うんだ。君、で良いかな?」
「いや、君とかいらないし。で良い」
「そう?じゃあ、遠慮なく。―――ああ、僕の事は好きに呼んでくれて良いから」
「……了解」
答えたものの正直どう呼んで良いものか悩む。スピット・ファイア、男の名前らしいが何処までが苗字だろうか。
いや、そもそも本名か、これ。
もし本名だったら凄いな両親。思い切ったな両親。格好良いぞ両親。だが、子供の名前は普通が一番ですよ、ご両親。
まあ、正直な所あまり長い付き合いにはしたくないから、アンタとかで済ませておこう。
万が一長い付き合いになってしまったら――――其の時は其の時だ。
携帯を閉じた男に釣られるように俺も携帯を仕舞い、大きく溜息を吐く。
「?」
不思議そうに男が俺の名前を呼んだ。
矢鱈良い声で呼ばれても、俺は女じゃないからぞくぞくもしなければ、きゅんともしない。唯疲れるだけだ。
「まあ、何でも良いや。定休日連絡くれよ」
人間諦めが肝心と言う言葉もある。
特に男の様にわが道を行く男には、此方が妥協しなければ一生平行線だろう。
そんな無駄に疲れる事なんてしたくないし、面倒でも一度折れてしまえば其れで終わりだ。
俺に対するのは唯の興味とか、好奇心とか、出会いが面白かったとかそう言うレベルだろうから。直ぐに飽きるだろう。
男は俺の言葉に嬉しそうに笑って頷いた。
「勿論。―――っと、ごめんそろそろ行かなくちゃ」
「ああ」
すっかり温まってしまっただろうミネラルウォーターのボトルを清算して、男は店を後にした。
最後まで嬉しそうに笑って、俺に手を振るおまけ付きでだ。
俺は振り返すのが面倒で、軽く頭を下げるだけに留めたが。
男の姿が完全に見えなくなってから、俺もそろそろ帰ろうと出口へ向かう。
結局何も買わず長居してしまったが、俺の所為ではないと思いたい。
やる気のない店員の目線に送られて、コンビニを出た直後、ポケットにつっこんだ携帯が震えた。
液晶に目をやれば、先程登録したばかりの名前が其処に映し出されている。
嫌な予感を感じながら、俺はメールを開いた。
名前:スピット・ファイア
件名:ごめん
―――――――――――――
良く考えたら定休日明日だっ
た。(゜∀゜)
と、言うか。正直偶然じゃないとなると、困る。って言うか、怖い。
学校帰りに立ち寄ったコンビニで、目立つ赤い頭を見付けてしまった。
「げっ」
思わず嫌な声を上げてしまう。静かな店内の其の声は良く響いて、レジに居たダルそうな店員も、正直2度と会わないと思っていたアイツも、アイツに見とれていた女の子も一斉に視線を此方へ向けた。
其の中で1人、赤い髪の男だけが顔を綻ばせる。
「ああ、久しぶり」
特徴と言った特徴も無い俺の顔を、十日以上経った今でも覚えていたらしい。
男の記憶力の良さに感嘆すると同時に、憎しみも覚える。
忘れていてくれれば良かったのに。
「どうも」
適当に頭を下げると、男はミネラルウォーターのボトルを持ったまま近付いてきた。
たったそれだけの動作が絵になるって、お前どんだけ美形だよ。
「元気そうだね」
「まあ、健康だけが取得ですから」
言うと男は微かに笑った。
「敬語使わなくて良いのに。前は使って無かっただろう?」
前、と言われて前回の出会いを思い出す。其れと一緒に嫌な思い出もくっついて来て、眉間に皺が寄った。
だから会いたくなかったんだ。
「其れに約束したのになかなか店に来てくれないから。待ってたんだよ」
男はにこにこと人好きのする笑みを浮かべているが、ピンポイントで俺にプレッシャーがかけられている。そうか、俺は今笑顔で責められているのか。
何故。
あれは唯の口約束、と言うよりも社交辞令の様なものだろう。別に来て欲しいわけじゃないけど「今度うちに遊びに来てくださいね」「機会があったら、是非」って言う、お互い本気にしていないアレ。
俺としてはそう思っていたが、言った本人は違ったのだろうか。視線を彷徨わせながら言い訳の言葉を探す。
「いや、だって予約いるんだろう、あんたの店」
電話とか苦手なんだよ、と駄目押しも付け加える。
「ああ、そんな事気にしてたの?」
「其れに人気なんだろ?どうせ当分予約もいっぱいだろうし、俺が行っても儲けにならないんじゃ勿体無いだろうが」
ふむ、と男が頷いた。漸く諦めてくれたらしい。
やれやれ、と溜息をついた。大した用事があったわけでもなく、ふらりと訪れたのが拙かった。こうして男と会い、無駄な時間を過ごしてしまった。
否、男の誤解を解けたと言う点では無駄ではなかったかもしれないが。
あ、いやでも、今出会わなければ二度と会う事も無かったから、男の記憶から抹消されていただろうなと言う気もするからやっぱり無駄だった。
「それじゃあ、俺そろそろ」
「うちの予約客が気になるなら、定休日なんてどうかな?」
「は?」
「だから、定休日。君に予定が無ければ今度のでも構わないし、どうかな?」
どうかな?じゃ、ない。
神は俺を見放した!いや、一回も信じた事はなかったけど。
簡単に言えば、男が俺より一枚も二枚も上手だったと言うだけだ。
分かりやすく言葉にすると、天然、と言う名前の。
知り合いにも軽度の存在は居るが、此処まで重度の天然モノは初めて見た。
この男は今までどうやって生きてこれたのだろうか、矢張り顔だろうか。顔で全てを乗り切ったのだろうか。
「や、でも」
「空いてる?」
軽そうな問いかけとは裏腹に「返事はyes以外認めない」と空気が伝えてくる。そりゃあ、もう、ビシバシ痛いくらいに。
背中を嫌な汗が伝い落ちる感触に引きつりながら、俺は「空いてます」と口にした。
自分の意志の弱さに脱帽。
内心落ち込む俺など気にせず、男は嬉しそうに笑った。
この男は本当に天然だろうか。否、多分天然ではあるが、天然の種類が違う気がして来た。
「あ、じゃあアドレスと番号教えてよ」
「えーと……携帯?」
「自宅でも良いけど、携帯の方が気軽に連絡を取れるでしょ?」
不思議そうに首を傾げる男。手には男の携帯、早く早くと急かされて携帯を取り出してしまう俺。
いつの間にやら包囲網が完成してる。
この衝撃に俺はどう対処したら良いのか。流されてしまえば良いのか、其れはとても楽そうだ。否、しかし、其れは、何だか嫌な予感がするぞ。
この時俺は確かにひしひしと感じていた。
一度繋がりを持ってしまったら最後だと言う予感を。
そして其れは決して間違いではないと、これから幾らも経たないうちに思い知る事になる。
ぱちん、と音を立てて携帯を閉じ、男は俺を見て満足そうに笑った。
俺の携帯に男のデータがあるのと同様に、男の携帯にも俺のデータが存在しているのだろう。
正直考えたくないが。
見下ろした先にあるのは男の携帯番号とアドレス、其れに加えてご丁寧にも男の店の番号が書かれていた。
其処の一文見慣れない文字。
「……スピット・ファイア?」
店の名前だろうか、とも思ったが其の文字があったのはオーナー名の場所だ。
店の番号だけならともかく、自分の番号を送る時まで店の名前を使うだろうか。
「ああ、其れ僕の名前。スピット・ファイアって言うんだ」
源氏名?
にこ、と微笑むホストみたいな美容師に、思わず其の言葉が浮かんできた。最後の理性が其れを口にする事を押し留めたが。
「君は」
もう一度音を立てて男が携帯を開く。
「、って言うんだ。君、で良いかな?」
「いや、君とかいらないし。で良い」
「そう?じゃあ、遠慮なく。―――ああ、僕の事は好きに呼んでくれて良いから」
「……了解」
答えたものの正直どう呼んで良いものか悩む。スピット・ファイア、男の名前らしいが何処までが苗字だろうか。
いや、そもそも本名か、これ。
もし本名だったら凄いな両親。思い切ったな両親。格好良いぞ両親。だが、子供の名前は普通が一番ですよ、ご両親。
まあ、正直な所あまり長い付き合いにはしたくないから、アンタとかで済ませておこう。
万が一長い付き合いになってしまったら――――其の時は其の時だ。
携帯を閉じた男に釣られるように俺も携帯を仕舞い、大きく溜息を吐く。
「?」
不思議そうに男が俺の名前を呼んだ。
矢鱈良い声で呼ばれても、俺は女じゃないからぞくぞくもしなければ、きゅんともしない。唯疲れるだけだ。
「まあ、何でも良いや。定休日連絡くれよ」
人間諦めが肝心と言う言葉もある。
特に男の様にわが道を行く男には、此方が妥協しなければ一生平行線だろう。
そんな無駄に疲れる事なんてしたくないし、面倒でも一度折れてしまえば其れで終わりだ。
俺に対するのは唯の興味とか、好奇心とか、出会いが面白かったとかそう言うレベルだろうから。直ぐに飽きるだろう。
男は俺の言葉に嬉しそうに笑って頷いた。
「勿論。―――っと、ごめんそろそろ行かなくちゃ」
「ああ」
すっかり温まってしまっただろうミネラルウォーターのボトルを清算して、男は店を後にした。
最後まで嬉しそうに笑って、俺に手を振るおまけ付きでだ。
俺は振り返すのが面倒で、軽く頭を下げるだけに留めたが。
男の姿が完全に見えなくなってから、俺もそろそろ帰ろうと出口へ向かう。
結局何も買わず長居してしまったが、俺の所為ではないと思いたい。
やる気のない店員の目線に送られて、コンビニを出た直後、ポケットにつっこんだ携帯が震えた。
液晶に目をやれば、先程登録したばかりの名前が其処に映し出されている。
嫌な予感を感じながら、俺はメールを開いた。
名前:スピット・ファイア
件名:ごめん
―――――――――――――
良く考えたら定休日明日だっ
た。(゜∀゜)
生まれてくる情は、
(殺意で間違いない)