私と彼の席はとても近い。
 私の前が彼の席、彼の後が私の席。私が手を少し前へ伸ばしたら、彼の背中に触れる事が出来てしまう。其れはもう、簡単に。
 あるいは彼が少し後に椅子を傾けたら、私は其の温度を感じ取る事が出来てしまう。……彼は周りに気を使う人だから、仲が良い訳ではない私に対してそんな事をしないと解っているのだけど。






 黒板に書かれた文字を見上げると、必ず視界に入ってくる背中。
 男の子にしては小さな背中が、時折 (突然) 頼もしくなる事を、この間初めて知った。
 アメフトの試合、盛り上がっている学校の雰囲気に推されて何となく行った先で、私は彼を見た。
 風のような、彗星のような、人間ってあんなに速い生き物だったんだと。
 耳を劈くような歓声の中、私は彼から目を離せなかった。


 一瞬の出来事。彼が私の前を駆け抜けた其の瞬間、私は彼に恋をした。
 私のスピードじゃ絶対に捉えられない速度で動く彼は、こうして教室で見ていると極普通の地味な高校生なのに、本当は其の中に物凄く速い生き物を宿している。
 どんなに焦がれても手に入らない其の生き物を、彼は極自然に宿している。
 其れは彼の強さだろう、と私は勝手に推測する。
 少しずつ目で追うようになって、少しずつ彼の話を耳にして。
 少しずつ彼に惹かれて行く。



 決して此方を見ないと解っているから、決してこの思いを口にはしないけど。
 ほんの少し後に傾けてくれたら、私は彼に手を伸ばしたいと、思ってしまっている。





 私と彼の席はとても近い。
 だけど、私と彼の距離はとても遠い。






 愚者の矛盾
 (お願い、絶対に振り向かないで。お願い、ほんの少しで良いから私に気付いて)