秋季関東大会、と言う大きな試合が始まるらしい。
今まで聞き流していた友人達の会話、アメフトに関する全てを聞き漏らさぬよう必死で聞いて、覚えて。其の大会の事を知った。
前回の試合ですっかりアメフトを気に入ってしまった友人は「次の試合も絶対応援に行くんだ!」等と言って笑った。
「ねえ、も行かない?」
「え、私?」
くりくりとした大きな目で覗き込まれてそう聞かれた時、反射的に彼の顔が頭を過ぎった。
真っ直ぐに前を見る綺麗な。
私は笑って頷く。
「うん、行く。行きたいな」
「わ、やった!じゃあ今度も待ち合わせて一緒に行こうね!」
「うん」
嬉しそうに笑う友人に笑い返して、視線を窓の外へを向けた。
授業が終わって、グラウンドでは色んな部が活動を始めている。
其の中に必死に練習をするアメフト部の姿があった。
他の部みたいに、一部が必死で一部がダラダラ怠けているなんて事は無くて、全員が優勝を目指して一丸となっている。
人数が少ないからってだけじゃない其の姿に、ほんのり胸が熱くなった。
私が外を見ているのに気付いたのか、視線を追ってアメフト部を見る。
「頑張ってるよね、アメフト部」
「うん」
「え、っとクリスマス?ボウル?だっけ?……行けると良いよね、本当に」
「そう、だね」
「そんでさ、優勝できると良いよね」
「そうだね」
そう言って頷いて、彼らが頂点に立つ日を思い描いて、さっきよりも胸が熱くなった。
ああ、其れは何て幸福な光景なんだろう。
其の日の帰り、私は始めてアメフトの本を手に取った。
少し薄い初心者向けの本、ぱらぱらめくっただけじゃ少しも理解出来なかったけど覚えようと思った。
彼が夢中になっているものを少しでも共有できたら、幸せだなあ、なんてそんな事を考えて。
あまりにも彼の事を考えすぎていたからだろうか、偶然にも其の本屋で彼の姿を見つけた。
「あ」
私の声は小さかっただろう。口の中で、思わず呟いてしまっただけだったのに、静かな店内に響いて彼は私を振り返った。
きょとんとした目が私を捉える。
「さん?」
偶然だね、と少し笑う彼に胸の奥が熱くなる。
少し彼の目線が下に下がって、私の持っている本を見た。
「アメフト?」
「あ、これは。前に、泥門の……デビルバッツの試合見て、興味持って」
緊張からか喉が渇いて言葉が巧く出て来ない。嫌だな、私はこんなに弱かっただろうか。
「アメフトの事が知りたくなったの」
「そう、なんだ」
拙い私の言葉に彼はとても嬉しそうに笑った。
自分が今夢中になっていて、何よりも大好きなものを他人に「好き」と言ってもらえた事が嬉しかったのだろう。私は彼じゃないけれど、其の気持ちだけは理解できた。
そして彼にそんな気持ちを齎せた自分を少し褒めてあげたくなった。
好きな人が嬉しいと思ってくれている。好きな人が笑いかけてくれている。
幸せ過ぎて、死んでしまいそう。
体中の熱が顔に集まっているのではないかと思うくらい、私の顔は熱かった。
其れに気付いているのかいないのか、彼は「嬉しいな」と言って無邪気に笑っている。
「私そろそろ行くね」
このまま此処に居たら本当に死んでしまいそうで、私はそんな言葉を口にする。
「あ、ごめんね引き止めちゃって」
「ううん、それじゃ…」
「さよなら、気をつけてね」
レジへと向かう私の背中に声を掛けて、彼は本屋の奥へと歩いていく。
傍に居たら死んでしまいそうだと思うのに、遠のく距離が切なくて 「小早川君」 私は思わず声を掛けていた。
振り向いた彼は不思議そうに私を見ている。
「あの、次の試合」
「え?」
「が、頑張ってね。応援に行くから」
突然の私の言葉に彼はきょとんとした表情になって、其れからすぐにまた笑ってくれた。
さっき見せてくれたのと同じ、嬉しそうな笑顔。
「有難う」
胸が高鳴り過ぎて心臓が破裂しそう。顔に熱が集中し過ぎて脳が死んでしまいそう。
警鐘が今更の様に激しく鳴っているけれど、もう遅い。
私は彼にどんどん惹かれて、もう抜け出せない。
恋する愚者
(其れでも何が出来る訳でもないけれど。もう少しだけ近くで貴方の事を見させて下さい)
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