「あ」
 備え付けの冷蔵庫を開けた瞬間、思わずそんな言葉が口から飛び出した。俺の言葉に反応して、周りの人間の目が一箇所に集まる。
 俺の向こう側、冷蔵庫の中身へと。
 「あ」
 後ろから覗き込んだ雲水が俺と同じ言葉を発する。
 部員全員分のドリンクを放り込む、基、保管しておく為通常より大き目の冷蔵庫が神龍寺アメフト部部室にはあった。
 だが、其の中にあるべきドリンクはどう見積もっても数人分程度しかない。
 「……ミステリー」
 呟いた瞬間、後頭部を叩かれた。勢い余ってそのまま冷蔵庫の棚に激突する。
 頭とデコが痛い。
 「って、痛え!!何すんだよ、雲水!!」
 「、マネージャーの仕事は何だ」
 「あ?タオル配ったりドリンク配ったり諸々雑用だろ?」
 「ドリンクの補充は?」
 「マネジの仕事だろ」
 そうだな、と呟く雲水。当然だろう、と胸を張る俺。




 「ならば、神龍寺アメフト部のマネージャーは?」




 数秒の間。







 「俺じゃん!!」
 「忘れてたんスか?!」


 叫んだ瞬間一休のツッコミが飛び込んできた。


 「いや、マジ忘れてたわ…そうか…そうだよな、俺アメフト部のマネジじゃん…」
 「そう言う可能性も考えていたが、まさか其の通りになるとはな…。お前、毎日の様に監督とバトルしてるだろう」
 「マネの仕事やれーって言う監督と、断るって言うさんのバトルなんじゃないっスか、アレ」
 俺は首を傾げてじいちゃんとのバトルを思い出す。
 噴出すじいちゃんの闘気、対抗する俺、素早いじいちゃんの動き、鋭くじいちゃんの身体をえぐる俺の右フック。駄目だ、バトル風景しか思い出せない。


 「最近は唯の日課だからなぁ……」
 「理由忘れてたんスか!!」
 「……」


 唖然とした表情の一休と深い溜息をつく雲水に、俺はへらっと情け無い笑顔を向けた。












 そして今俺はチャリを転がしている。
 神龍寺名物の階段下、アメフト部用としておいてある荷台付きママチャリに跨って一番近いコンビニまで風を切って走る。
 結局アレじゃあ練習しても水分補給がままならないし、って事で俺はすっかり忘れていたマネージャー業を久々に行う事となった。
 出掛けにじいちゃんとバトルになりそうになったが、ドリンク代わりのお茶を買いに行くと言う重大任務を告げたら許してもらえた。渋々だったが。
 当然の様に、其の瞬間「後でな」「なめるな小僧が」と言うアイコンタクトは済んでいる。
 最近思うんだが、俺は部員の誰よりじいちゃんとの絆が深い気がする。
 うん、ぶっちゃけ気のせいとかじゃなくて。
 チャリを走らせる事十分弱、目当てのコンビニに到着した。適当な場所にチャリを止めていると、店内に見慣れた姿を発見……だよな?
 怪しい動きで店内へ突入し、其の奇抜な頭をした男の後ろにピタリと張り付いた。




 「だーれだ、ぐふぅ!」
 冗談でサングラス越しに手をかざそうとした瞬間、脇腹に衝撃が来た。
 腹を押さえて其の場に沈むと、上から振って来る呆れた溜息。
 「んだ、手前か……何してやがる」
 「お前が肘入れて来たんだろうが!」
 「あー?」
 阿含はがしがしと其の特徴的なドレッド頭をかき、面倒臭そうに答えた。
 まあ、こいつに謝る気が無いのは最初から解っていたけれど。
 痛む腹を擦りながら立ち上がる。恐らく後ろから来たのが俺だと解っていたんだろう、多少の手加減はされていた。
 あるいは、じいちゃんと毎日バトルしてるうちに打たれ強くなったのかもしれない。激しい痛みは無かった。




 「あー、ヤベ。阿含と遊んでる場合じゃねえや」
 「あ?」
 「ドリンク切らしちまったからな、茶買ってかねえといけねんだわ」
 俺の言葉に阿含は眉を寄せた。
 「何で手前が?」
 「ほら、俺ってアメフト部のマネジだから」
 「あー……そうだったか?」
 冷蔵庫へ向かう俺の後ろに着いて来ていた阿含も、俺がマネジだと言う事を忘れていたらしい。
 同士!と思い振り返ると物凄く嫌そうな顔をされた。畜生。
 其の顔に腹が立ったので、冷蔵庫から出した2リットルのペットボトルを阿含に押し付けてやった。
 「てめっ」
 「おらおら、どんどん持てー!そしてレジへ運べー!」
 「お前、俺をパシらせやがって……覚えてやがれ!」
 「三歩歩いたら忘れるっつーの!!」
 厳つい顔で三下の不良みたいな台詞を言う阿含に言い返しながら、二人がかりで店にあったボトルを八割購入した。
 店員さんは俺達の(片や厳格で有名な神龍寺の生徒、片やどっからどうみても柄の悪い不良)組み合わせが以外だったのか、目を白黒させながらレジを打ってくれた。
 ごめん、店員さん。こう見えてもこいつ俺のダチなんです。







 両手で抱えたコンビニの袋をママチャリの前カゴに入れる。少々……いや、かなりはみ出ているがゆっくり行けば問題ないだろう。
 「さーて、帰るぞ阿含」
 「ああ?何で俺がそっち行くんだよ」
 「練習あんだろーが。おら!さっさとこげ!!」
 べしべしと自転車のサドルを叩くと、後頭部を叩かれた。偶然なのか、雲水と同じ行動を取る辺り、矢張り双子なんだな。
 「でっ」
 「馬鹿か手前!だから、何で、俺が!」
 「良いじゃねえかよ、偶には。てか、正直これ全部持ってくのしんどいから手伝ってー」
 今度マックとか奢るから、と頼み込むと阿含は矢鱈長い溜息を吐いた。
 ママチャリのハンドルを持つ前に、一度軽くチョップされる。
 「だっ!」
 「モスで勘弁してやらあ」
 仕方が無いと言うのがありありと伝わる声で、阿含は言った。
 高くついたーなんて、心にもない(いや、実はちょっとある……かなりある)台詞を吐きながら、俺は笑って阿含の後ろに乗った。
 「其れ行け阿含!神龍寺の未来はお前にかかっているー」
 「当然だ、おら!」
 ぐっと一瞬後ろにのけぞり、俺が乗っていた時よりスムーズにママチャリは走り始めた。
 舗装された道をママチャリに乗って駆け抜ける。
 前カゴの荷物がガタガタと激しく揺れて、何度か落ちそうになるのを阿含が器用に受け止めた。



 「ひゃー、すっげー。阿含お前、ママチャリ運転手の才能もあるぜー」
 「どんな才能だそりゃ!」



 ゲラゲラと大声で笑いながら、俺達を乗せたママチャリは神龍寺に向かって走り続ける。
 ぐんぐん上がっていくスピード、上がるテンション。
 通り過ぎる景色に、笑い出したくなったから意味も無く笑ってやった。









 二人乗り
 (でもやっぱりスピード上げ過ぎてペットボトルを何回か落としてしまった)
 (ヤバイ、雲水に怒られる!)






((適当課題))