硝子に手を付く。温度は感じない、唯其処に硝子が在ると言う事実が掌越しに伝わってくるだけ。
 其の向こう側、少し散らかった、暖かい色合いの部屋で眠る女性を見下ろす。
 一日会わなかっただけだと言うのに、何故か其の印象が変わった様に感じる。
 目を閉じて微かな寝息を立てて眠るさんの顔を見下ろして、色んな事を考えた。
 今日水町に言われた事(きっと俺の思いは其処まで届いて居ないけれど)、今までの事(この現象が何なのか、この感情が何なのか)
 さんの事(この人といつまで一緒に居られるのか)



 「変だよな、俺」



 硝子に額を当てる。ごつん、と小さな音がしたが厚い硝子は振動さえしない。
 そもそもこれが本当に硝子かどうかさえ解らない。似ているから俺達はそう思っているだけで、実際は違うものなのだろう。
 触れていても冷たさも何も感じない其れに額を当てたまま、俺は彼女を見た。
 目の下の隈、少し疲れた表情。緩やかに上下する胸、投げ出された腕は細くて俺が握ったら簡単に折れてしまいそうだ。
 『変わった人』と言う印象が強過ぎて忘れてしまいがちだが、彼女は列記とした女性で(もう直ぐ成人を迎える、女の子ではなくて、女性で)小さな存在なんだ。
 曲線を描く身体のラインも、襟や袖から覗く白い肌も、女性の。



 (ヤバイ、何か、俺、おかしい)



 水町の言葉に毒されたかの様に思考がおかしな方向へと進んで行く。止めなきゃ、おかしくなる。
 先程より大きな音を立てて、俺は硝子に頭を打ち付けた。硝子は相変わらず振動しなかったが、伝わる痛みが少しだけ俺を正気に戻す。
 何でこんな事を考えているのだろうと思って、直ぐに理由に気が付いた。




 此処は静か過ぎる。
 今までは彼女と話していたり、それどころじゃ無かったりしたから気付かなかったけれど。この空間には音が無い。
 時計は止まっている。外からの音どころか、そもそも部屋の外が存在しない。音楽をかけようにも電気はきっと無い。
 音の無い空間、だから、きっと俺は音を欲しているんだ。









 音の無い世界は恐ろしく冷たい。
 温度の無い世界の筈なのに、凍えそうな寒さを感じている。
 暖かそうな彼女、彼女に触れられたら俺はこの寒さから逃れられるのだろうか。
 唯、触れたいと。それだけ思って、俺は手を伸ばした。









 届かないと知りながら
 (どれだけ手を伸ばしても、この空間では硝子に阻まれてしまう) 





((適当課題))