「例えば」って言葉は凄く便利だと思う。「もしも」とか「If」にも同じ事が言えるかもしれない。
 私みたいな空想癖のある存在にはこの言葉は酷く魅力的で、もしこうだったら、例えばこうなっていたら、そう考えるだけで時間など簡単に潰れてしまう。
 勿論考えている間、顔の筋肉ちゃんと引き締めておかなければいけないので、非常に大変ではあるのだけど。一歩間違えたら唯の怪しい人に変身だ。
 まあ、其れでも今みたいに自室で一人きりだったら問題ないんだけど。


 何度か瞬きを繰り返して、ついこの間まで毎日出会っていた彼の姿を思い描く。
 意志の強い眼差しが、ほんの少し和らいで私を見てくれていた。
 口を開けば私をからかってばかりだったけれど、その他愛の無い会話が楽しかった。
 実際に自分の世界に存在していないって言うのも理由としてはあったのかもしれないが、誰よりも私が私で居られた場所だった。
 彼もそうだったら嬉しいんだけど、と自分勝手な事を考える。


 そうして、決まってそんな時、私は例えばの話を考える。



 『例えば、私が彼と同じ年だったら』
 多分今までと変わって無いんだろう。ただ、一日出会わなかった日が無くなって、それだけで何も変わらずに終わったか、私に余裕が無くて彼を呆れさせてしまったか。
 きっとそのくらい。

 『例えば、彼と出会わなかったら』
 何も無かったんだろうと思う。彼も私も。
 そこそこ好きだった彼氏にフラれたショックをまだ引き摺ってて、今までと変わらぬ生活を送ってたんだろう。





 『例えば』
 キリが無いイフの話は、いつもこれで終わりを告げる。



 『例えば、私が彼と同じ世界に生きていたら』



 私は彼に出会っていなかったと、確信している。
 私は彼を知らないまま。彼は私を知らないまま一生を終えていた。
 何も知らないもの同士、道端ですれ違うなんて偶然さえ無く。
 こんな胸の痛みさえ知ること無く。


 「嫌だなぁ」


 こんなの恋じゃない、恋じゃないなんてずっと言い続けて居たけれど、解っていた。
 だってこんなに苦しい気持ちになるのが恋じゃないなら、私は一生恋なんて知らない。



 あの時出会っていなければ私は恋を知らなかった。あの時出会っていなければこんな気持ちを知らずに済んだ。



 「あいたい」


 涙が一粒零れ落ちる。
 拭う事さえ忘れて繰り返す。



 あいたい、あいたい、あいたい。



 「筧君にあいたい」





 『例えば、今私が彼と同じ世界に居られたなら』






 其れはなんていう幸福なのだろう。









 たとえばの話
 (知っている。叶わないから「例えば」なんて言うんだって事) 





((適当課題))