ラ ン ニ ン グ ハ イ
「ごめん、私他に好きな人が出来ちゃったの。別れましょ」
ゆったりした心地良い声で、俺が一番好きな笑顔で彼女はそんな言葉を口にした。
ジーザス。
「好きな相手って誰それ」混乱する頭とは真逆に冷静な声で俺は彼女に問いかけた。
俺の内部の混線に気づかず、彼女は夢見る様な表情で「美容師さん」と呟いた。
「凄く素敵なの、背が高くてすらっとしてて、でもガリガリって言うわけじゃなくて無駄な脂肪がついてない引き締まった身体をしてて。其れに何より顔がモデル並……ううん、モデル以上!」
未だ嘗て見た事無い陶酔した表情で彼女は言う。
悪かったな、中肉中背で顔も筋肉も十人並みで。
目を細めて彼女を見るが、彼女は気づいた様子も無く、うっとりと虚空を見上げた。一体あそこに何が見えるのか問い質したい。
「の事結構好きだったけど、ごめんね。じゃあ、また明日学校でね」
にこにこと悪びれない笑顔で手を振り、彼女は歩き出す。
1人取り残されて、本気で思う。
俺、何であんなフリーダムな女が好きだったんだろう。
そんな今更な疑問を抱きながらも、やっぱり彼女が好きだったのは確かだし。今凄え腹が立ってるのも事実だ。
「何だよ、好きな奴って。美容師とかって」
アイドルにキャーキャー言ってるのと同じだろ。
そんな事を考えながら、俺は見た事も無いそいつに確かに苛立ちを感じていた。嫉妬、うん、嫉妬なんだと思う。のらりくらり生きてきて、久しぶりに感じる感情だから分かり辛いが、多分俺はそいつに嫉妬してるんだ。
「何か、すっげえ腹立つ」
俺はポケットから携帯を取り出し、殆どかけた事の無いひとつの名前を呼び出した。
「うわぁお」
建物を見上げて俺は間抜けな声を発した。
目の前には彼女、基、元カノ行きつけの美容院。シンプルだがお洒落な造りで、大人の女性が好みそうな店だった。
男でもスタイリッシュな奴なら入れるだろう。
前年ながら俺はスタイリッシュではないので、未だ床屋通いだが。
勢いで来てしまったものの、正直どうして良いか分からない。元カノの今の男―――かどうかはわからないが、俺がフラれる原因に会いに来るなんて、ストーカーみたいじゃないか。これで2人が会ってる現場に出くわして、あの台詞を言えば完璧だろう。全くもって目指したくない完璧だ。
嫌な想像し、首を振って其れを振り払う。いやいや、まだ此処で引き返せばストーカーにはならずに済む。
ノリとテンションのまま突っ走って来てしまったが、帰ろう。
「何か用事かな?」
何しに来たんだか、と自嘲しながら足を動かす俺に声がかけられる。
柔らかな響きの声だった。
振り返ると声に似合わない、燃えるように赤い髪の男が立っていた。
俺は男の姿を視界に入れて、唖然とする。
細身だが均整の取れた長身に、炎の様なスタイリングをされた赤い髪、そして其れに付属する整った顔。
美形ってテレビの中の存在だと思っていた。俺は其の顔を黙って見返す。
「新規のお客様かな?申し訳ないけど、うちは今日定休日なんだ。また、後日予約を入れて来てもらえるかな」
声と同じ柔らかな笑みで告げる男に、こいつだ、と確信する。同時に、勝てる筈が無い、とも思った。
いや、勝つどころか勝負にもならない。
パーツも配置も極上の男相手に、パーツも配置も並である俺がどう戦うと言うのか。
1人で納得する。
俺が彼女でも間違いなく心変わりする。相手にされなくても熱を上げてしまう。俺にきちんと別れを切り出しただけ彼女は誠実だった、のかもしれない。
―――――いや、其れは違うか。彼女は矢張り自由過ぎる。
「あの」
何も応えない俺に、男が困惑した表情で声をかけてくる。ああ、でも一応確認したほうが良いのか。
「なあ、此処の美容師ってあんた1人?」
「え?ああ、スタッフは居るけど基本は僕1人だよ」
虚をつかれた男が一瞬無防備な表情をする。今までが作ったように綺麗だったから、其のある種間抜けな顔に笑いがこみ上げてきた。何か、憎めない人だな。
「そか、うん。それなら良いや。―――お休みの所お邪魔して、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げて俺は踵を返す。思わぬ出会いだったが、十分納得できたからもう良い。
「待って」
納得して帰ろうとする俺を、男が呼び止めた。
ゆったりした心地良い声で、俺が一番好きな笑顔で彼女はそんな言葉を口にした。
ジーザス。
「好きな相手って誰それ」混乱する頭とは真逆に冷静な声で俺は彼女に問いかけた。
俺の内部の混線に気づかず、彼女は夢見る様な表情で「美容師さん」と呟いた。
「凄く素敵なの、背が高くてすらっとしてて、でもガリガリって言うわけじゃなくて無駄な脂肪がついてない引き締まった身体をしてて。其れに何より顔がモデル並……ううん、モデル以上!」
未だ嘗て見た事無い陶酔した表情で彼女は言う。
悪かったな、中肉中背で顔も筋肉も十人並みで。
目を細めて彼女を見るが、彼女は気づいた様子も無く、うっとりと虚空を見上げた。一体あそこに何が見えるのか問い質したい。
「の事結構好きだったけど、ごめんね。じゃあ、また明日学校でね」
にこにこと悪びれない笑顔で手を振り、彼女は歩き出す。
1人取り残されて、本気で思う。
俺、何であんなフリーダムな女が好きだったんだろう。
そんな今更な疑問を抱きながらも、やっぱり彼女が好きだったのは確かだし。今凄え腹が立ってるのも事実だ。
「何だよ、好きな奴って。美容師とかって」
アイドルにキャーキャー言ってるのと同じだろ。
そんな事を考えながら、俺は見た事も無いそいつに確かに苛立ちを感じていた。嫉妬、うん、嫉妬なんだと思う。のらりくらり生きてきて、久しぶりに感じる感情だから分かり辛いが、多分俺はそいつに嫉妬してるんだ。
「何か、すっげえ腹立つ」
俺はポケットから携帯を取り出し、殆どかけた事の無いひとつの名前を呼び出した。
「うわぁお」
建物を見上げて俺は間抜けな声を発した。
目の前には彼女、基、元カノ行きつけの美容院。シンプルだがお洒落な造りで、大人の女性が好みそうな店だった。
男でもスタイリッシュな奴なら入れるだろう。
前年ながら俺はスタイリッシュではないので、未だ床屋通いだが。
勢いで来てしまったものの、正直どうして良いか分からない。元カノの今の男―――かどうかはわからないが、俺がフラれる原因に会いに来るなんて、ストーカーみたいじゃないか。これで2人が会ってる現場に出くわして、あの台詞を言えば完璧だろう。全くもって目指したくない完璧だ。
嫌な想像し、首を振って其れを振り払う。いやいや、まだ此処で引き返せばストーカーにはならずに済む。
ノリとテンションのまま突っ走って来てしまったが、帰ろう。
「何か用事かな?」
何しに来たんだか、と自嘲しながら足を動かす俺に声がかけられる。
柔らかな響きの声だった。
振り返ると声に似合わない、燃えるように赤い髪の男が立っていた。
俺は男の姿を視界に入れて、唖然とする。
細身だが均整の取れた長身に、炎の様なスタイリングをされた赤い髪、そして其れに付属する整った顔。
美形ってテレビの中の存在だと思っていた。俺は其の顔を黙って見返す。
「新規のお客様かな?申し訳ないけど、うちは今日定休日なんだ。また、後日予約を入れて来てもらえるかな」
声と同じ柔らかな笑みで告げる男に、こいつだ、と確信する。同時に、勝てる筈が無い、とも思った。
いや、勝つどころか勝負にもならない。
パーツも配置も極上の男相手に、パーツも配置も並である俺がどう戦うと言うのか。
1人で納得する。
俺が彼女でも間違いなく心変わりする。相手にされなくても熱を上げてしまう。俺にきちんと別れを切り出しただけ彼女は誠実だった、のかもしれない。
―――――いや、其れは違うか。彼女は矢張り自由過ぎる。
「あの」
何も応えない俺に、男が困惑した表情で声をかけてくる。ああ、でも一応確認したほうが良いのか。
「なあ、此処の美容師ってあんた1人?」
「え?ああ、スタッフは居るけど基本は僕1人だよ」
虚をつかれた男が一瞬無防備な表情をする。今までが作ったように綺麗だったから、其のある種間抜けな顔に笑いがこみ上げてきた。何か、憎めない人だな。
「そか、うん。それなら良いや。―――お休みの所お邪魔して、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げて俺は踵を返す。思わぬ出会いだったが、十分納得できたからもう良い。
「待って」
納得して帰ろうとする俺を、男が呼び止めた。