ラ ン ニ ン グ ハ イ 

 空を飛ぶのは夢だった。
 小さい頃から慣れ親しんできたドラえもんのタケコプターとか、ぶっちゃけ憧れだった。
 大人になるにつれて其の夢は薄らいで来たけど、時々、特に夏の高い空を見た時なんかはやっぱりまだ空を飛んでみたいと思う。
 空を飛ぶのは夢だった。




 だがコレは無いんじゃないだろうかと、俵担ぎされながら高速で通り過ぎて行く景色を見送った。吐き気を堪えながら。











 自宅でまったりしていた時に拉致されて連れられて来たのは、見覚えのある場所だった。
 数年前まで通っていた懐かしの中学。東雲東中。
 細身の外見からは想像できない程力強い腕で、肩から下ろされる。まあ、たくましいのね。なんて冗談でも言える状態じゃない。
 遊園地のジェットコースター以上に激しいライドで乗り物酔い真っ最中だ。
 「大丈夫かい?」
 「……この状況を見て大丈夫だと思うのか?」
 吐きたいのに吐けない、否、此処で吐いたら一生の汚点になりそうだ。震える身体で立ち上がる。
 さりげなく背中を支えられたが、そもそもの現況がこいつなのでお礼なんて言ったりしてやらない。
 ほら、と差し出された手を無視して歩き出す。こいつが一体何で此処に来たのかは知らないが、グランドの方が五月蝿いからこいつの目当てはあっちだろうと勝手に憶測して進む。
 後ろで大仰な溜息が聞こえたが聞かない振り。
 十数歩並んで歩くと屋上の隅に誰か立っているのに気付き、俺は立ち止まった。月明かりに浮かぶシルエットから女の子だと分かる。
 俺の後ろを歩いていた奴が、立ち止まった俺を追い越して行く。
 何となく、これ以上前に進んだら面倒な事になりそうな予感。
 奴が女の子に声をかけて、女の子が多少驚きを見せながら奴の名前を呼ぶ。
 まあ、奴の態度からして十中八九知り合いだろう。良い意味か悪い意味かは知らないし興味もないけど。
 何にしろ俺に害がなければ良い。




 2人から少し離れた場所で下を見下ろす。ガチャガチャワーワーギャンギャン五月蝿いと思ったら校舎破壊が行われていた。
 「……わぉ」
 見慣れた校舎が一秒ごとに破壊されていく。ガラス自体はともかく、ガラスの枠ってあんなに脆いもんだったか?
 首を傾げて争う二人を見下ろす。
 ガチャガチャ五月蝿いのはガラスが割れているから。
 ワーワー五月蝿いのは二人が言い争っているから。
 ギャンギャン五月蝿いのはコレがA・Tのバトルとか言うやつだから。
 正直な話、俺が一生関わる事ないだろうと思っていた世界だ。







 「あの、ところで貴方は……」
 女の子が少し離れた所にいた俺にちらりと目を向ける。多分気付いてはいたけど、話しかけづらかったんだろうな。
 見た目的に奴と俺で接点ありそうなとこって年齢くらいだし。
 や、年齢もちょっと離れてるかな。
 「ああ、俺の事は気にせずにお話どーぞ」
 ひらひら、と手を振ると女の子は困った様に眉を寄せた。
 何か可愛い子だな。優等生系美少女。何とか委員長とかやってそう。
 「彼は僕の友人でね。A・Tに全くこれっぽっちも毛の先ほども興味が無いって言うから、今日のバトルに連れてきたんだ」
 「手前、口にしたなら文章の矛盾に気付けコラ。てか、別に毛の先ほども興味が無いとは言ってないぞ」
 「僕がいつも話してても生返事だろう?」
 「お前の話は専門的過ぎる。もっと初心者に分かり易く話せ」
 「そう言うから分かり易く話したら、話し始めて数分で寝てたじゃないか」
 「だからって何で日本昔話風に語りだすんだよ」
 はた、と其処で俺の話からどんどん関係ない話に飛んでいると気付く。女の子は既に困惑というより混乱の領域だ。
 目を白黒させて俺達の会話を聞いている。
 俺は咳払いして、奴の存在をシャットアウト。
 「俺は別にライダー?ってやつでも無いし、そもそもA・Tをやってない。こいつとは確かに……非常に不本意な事に友人等と言う関係だが、今日は無理やり連れて来られただけだから手や口を出す気も無ければ出し方もわかんねえ。まあ、兎に角だ、俺の事は気にしないでくれ。どうせ専門的な話をしてても俺にはわからん」
 知っていても使いどころが無ければ無用の長物だ。
 女の子は数回瞬きを繰り返した後、一度だけこちらを見た後で笑った。 (驚くべき事に2人は俺と話しながらもずっと視線は、階下で争う2人を見ていた。すげー、歴戦の戦士って感じ)
 「わかりました」
 名前も聞かない、職業も聞かない。一度限りなら其れで十分だ。
 まあ、また会うようならその時にでも名乗れば良い。ちょっと2人の戦士空気に当てられたのか、似合わない事をした気がする。




 「、言って良い?」
 「駄目。嫌な予感するから駄目」
 「すっごく似合わない」
 すっごく良い笑顔で奴はそう言い放った。
 「駄目って言っただろうが!いや、お前が聞くとは思ってなかったけど!」
 「じゃあ良いじゃないか」
 「嫌だ。俺は凄く嫌だ。て言うかこんな所強制的に連れて来られて俺は非常に腹が立ってるんだ。全くこれっぽっちも悪いと思っちゃいないが、先に帰るぞ」


 歩き出す俺に一度だけ奴は振り向いた。少し目を細めて、残念と声に出さずに呟く。
 知った事か、と其れを振り切りギャンギャン五月蝿い音の響く場所から遠ざかるべく屋上の扉を開いた。