ラ ン ニ ン グ ハ イ 

 校舎内の出来事だ、何処へ行っても音は聞こえてくる。遮蔽物がある分多少はマシなのかもしれないが、酷い音だ。
 俺がA・Tをやらない理由の一つはこの音の所為かもしれない。ライダーじゃなければ、パーツ・ウォウとやらに参加しなければ、こんな騒音は出さないと分かっていても手を出す気にはなれない。
 「アイツと知り合わなきゃ、A・Tにこんなマイナスイメージは持たなかったんだけどな」
 外で幾つもの音が重なって行く。怒声も罵声も聞こえてくる。だが、俺には関係ない。
 確かこっちの方、と過去の記憶を辿りながら階段を降り、廊下を歩く。






 そして気が付けば何故か窓の外に人の群れ。
 「わお」
 外人風に驚いてみるが、正直そんな事態じゃないって事くらい分かっている。
 あの良く分からない連中から逃げる為に降りて来たのに、無意識のうちに人の居る方へ歩いて来ていたらしい。
 「いやいやいや、断じて否!そう、こっちに、出口があるからだ!」
 出入り口は幾つもある、と言う事実はこの際無かった事にしよう。
 外で騒いでいる連中は中の事まで気付かないだろうし、静かに通り過ぎれば何事も無く終わるだろう。
 ちらりと見た先に、集団の中心人物であろう少年の姿が見えた。
 黒い髪の、悪餓鬼という表現がぴったりの少年だった。
 この年代にしか持てない武器をさらけ出してぴかぴか光っている。
 其の様が眩しくて俺は少しだけ目をそらした。




 去っていく少年達も、其れを見送る少年達も多分俺が見てみぬ振りをして来た場所にあったもの。
 羨ましいとは思わない、戻りたいとも思わない。
 唯、眩しいと思うだけ。
 其の時、こめかみが僅かに痛んだ。激しい痛みではなく、鈍い痛み。人より少し優れているらしい俺の聴覚がある音を捉える。
 常の飄々とした態度、クールな外見、柔和な物腰からは想像出来ない、激しさを伴った音。
 其れを『聞き慣れてしまっている』と言うのが凄く嫌だ。
 窓の外で雄々しく燃え上がる炎を視界の隅に捕らえて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
 外から話し声が聞こえてくる。其れすら捕らえてしまいそうな耳が嫌で、両手で蓋をした。
 専門的な話をされても分からない。エンブレムだの誇りだのと言われても、ライダーとは縁遠い俺には何の意味も無い。
 だけど聞いたら最後関わってしまう。
 其れが何より嫌だった。
 アレを聞き慣れてしまっているより、そっちの方が嫌だった。
 耳を塞いで、音をシャットダウン。うずくまって膝に顔を埋めて、目を閉じる。
 暗闇の世界が母親の腕の中の様に安心できる場所に思えた。














 どのくらい時間が経ったのだろうか。耳を塞いでいても聴こえてくる音に顔を上げる。
 「………」
 見慣れた男がしゃがみ込んで俺の顔を覗きこんでいた。楽しそうに笑う顔が癪に障ったので、とりあえず脳天にチョップ。
 「痛!」
 体勢は悪かったが角度は良かったらしく、男は大袈裟に痛がってくれた。
 頭を抑えて呻く姿に少しだけ胸がすっとする。
 うん、よしよし。俺達はこうでなくちゃ。
 「終わったのか?」
 「終わったよ。 が怖くて震えている間にね」
 拗ねた物言いで男は答えた。子供の様な言い草を鼻で笑って立ち上がる。
 男は何か思うところがあるのか、しゃがみ込んだまま俺を見上げていた。自分より背の高い人間を見下ろすのは気分が良いが、今は見られたくないものを見透かされている様で居心地が悪い。
 「何だ」
 「そんなに嫌だった?」
 「嫌だ」
 間、髪入れず俺は答える。其の素早さに男は笑った。
 「ごめん」
 笑いながら男は言う。
 色々と含んだ其の謝罪に気付かない振りをして俺は「終わったものはしょうがない」と答える。
 男も気付いているのだろう、再び「ごめんね」と告げた。



 「どうでも良いから、さっさと帰ろうぜ。俺、明日早いんだよ」
 「うん、僕も。仕事あるしね」
 漸く男も立ち上がり、俺に向かって手を差し出した。来た時と同じ様に飛んで帰るのだろう。
 アレは速い、確かに速いが乗り物としては最低だ。
 三半規管が弱くない俺だって酔うくらいなんだから。
 だが、歩いて帰るのも面倒くさい。見せ付けるように大袈裟に溜息を吐いて俺は其の手をとった。









 「なあ」
 「何?」



 お前は。



 「スー、お前は」



 俺に何を。



 言おうとした言葉を飲み込む。
 必要ないだろう、俺達にそんな台詞。
 自分でも分かっているんだろう、この先に訪れるものを。
 俺は多分、これから先こいつが進む道を見せられるんだ。其れは強制に見せかけた任意、あるいはこいつの願望。故に跳ね除けてしまう事も可能。


 だが、俺はそうしない。其れは凄く簡単な事だけど、跳ね除けると言う選択肢が何故か俺の中には存在しない。
 嫌だ嫌だと言いながら俺はこいつの道を見ていく事になるんだ。



 「 ?」



 男の問いかけに俺は首を振る。



 「何でもない。早く帰ろう」






 非常に。ひっじょうに不本意な事に。
 顔と美容師としての腕が超一流と言う事意外良い所が見当たらない、胡散臭いこの男を俺はかなり気に入ってしまっているらしいのだ。
 少なくとも、離れている間に気が付いたら居なくなっていた、より目の前で居なくなった方を望むくらいには。











  その身ひとつで何が出来るか
 (「それじゃあ飛ぶよ。しっかり捕まっててね 。振り落とすよ」「ちょ、待てお前!今振り落とすとか…ぎゃあ!」)