ラ ン ニ ン グ ハ イ
怒声の後は混戦だった。人の群れが一斉にキューブに向かい、逃げ遅れた俺はいともあっさり流れに飲み込まれて気が着けば周囲にスーの姿も黒いのの姿も見えない。
とっくに成人した身としては迷子と言う非常に情けない称号だけは勘弁して欲しいが、この流れに埋もれたままだと迷子どころかボロ雑巾になる方が早い。
「うおおお…」
右へ左へ突き抜ける怒声の波を掻い潜り何とか抜け出した先で、人が撃たれるのを見た。
被っていた頑丈なメットがいとも簡単に砕け散る。
其の音でまた耳が痛んだ。ついでとばかりにこめかみも痛み、吐き気さえ覚える。
此処で暴動を起こしている連中は正直、正気じゃないと思っていた。だけど、あんなに簡単に人を撃ててしまう人間も、きっと正気じゃない。
こんな恐ろしい場所へ連れて来やがって、後で絶対殴る!
心の中で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、イカれた『公僕』から逃げるべく身を翻した。
俺は絶対にアレを警察だなんて認めない。認めたらいけない。
「って言うかマジで怖えええ!!!」
怒声罵声に加えて悲鳴と銃声。
此処は本当に現代日本か、と聞きたくなるような惨状だ。
あっちこっちで女の子とか弱い仲間を護ろうとする強い組と、警察とのバトルが繰り広げられているらしい。
聞こえてくる音は色々ぶっ飛んでて頭が理解するのを放棄しているから、多分だけど。
俺はジャージを埃まみれにしながら、四つんばいになったり転がったり駆け抜けたりと忙しなく戦場を駆け抜けていた。
無事に此処を切り抜けられるなら、これから暫くレポート地獄でも文句言いません。いや、本当はそんなのこれっぽっちも嬉しくないから、暫くお休みもらえると本当に有り難いんだけど!
人の居ない方居ない方へ逃げて、気が着くと俺は随分高い場所まで上って来ていた。
最後のバトルで使われていたステージが近い。
「うお、怖え」
大体連れて来られる時は強制だから景色を見る余裕なんて無いが、こうして高い場所に自分で上がってくると何となく怖い。
しかも今は階下で戦争が勃発中だ。落ちたら違う意味で確実に死ぬ。
「――――、咢」
ふいに耳に入って来たのは楽しそうな男の声。この声、さっきの『鰐』とか呼ばれてた奴の声だ。
慌てて身を縮めて辺りの様子を探る。
聴覚に意識を集中して、あの男の声だけを辿った。
訓練みたいなものは受けちゃいないから、とりあえず頑張れ俺!と言う世にも情けない野生の勘に頼っての行動だ。だが、馬鹿に出来ない野生の勘。
距離はさほど遠くない場所からだったが、気付かれる程近くは無い。
声を聞きながらじっと其の場所を見る。自慢じゃないが、視力は両目0.7だ。中途半端な所が俺らしいとはスーの言。よし、後で殴る。
声の元に居たのは眼帯をつけた小柄な中学生と、銀色の髪をした長身の男。どちらも結構な美形で、此処でも美形のインフレが発生している。
もしかしたら美形が世間の大半を占めているのではないか、と錯覚してしまうほどA・T世界って美形が多い。
あれ、俺って何だ。珍獣?いや、でも俺A・Tと関係無いしな。
思考がおかしな方向に進み始めていたのを強制的に軌道修正したのは、激しい銃撃の音だった。
其れも一発や二発ではない、何度も、それこそ弾が尽きるのではないかと思うほどの雨。
驚いて其の光景を凝視する俺に、更に驚くべき言葉が飛び込んできた。
「実の兄に向かって」
楽しげに―――吐き捨てるように―――男は呟いて鞭を振るう。
実の、兄?
兄が弟に銃を向けて、怪我をして動けない弟に圧倒的な力で、暴力を。
知った瞬間駆け出していた。
俺の人生の中でこんなに速く走った事は無いだろう、と思うほど速く。突然飛び出した俺に其処に居る全員が気付くより速く。
男が、兄が、少年に、弟に、銃を向けてまた発砲しようとする。
考えるより先に身体が動いた。
「がっ!」
痛いなんてもんじゃない。ピンポイントで弾は俺の側頭部に直撃し、目の前が一瞬白く弾ける。
「―――なっ!」
一拍遅れて左右から驚きの声が上がった。多分、あの一瞬俺は気を失っていたんだろう。追撃の様に当てられた鞭で正気に戻る。
「何だ手前は!」
驚きで目を見開く少年より先に男が我に返った。俺を敵と見做し、銃と鞭を向けてくる。
俺の向こう側に弟がいるって言うのに関係無く、だ。
少年の小さな身体に覆い被さって、俺はぶつけられる痛みに耐える。
鞭が痛い、銃が痛い。ああ、こんな所に連れてきやがって、後で殴る、絶対殴る。
「邪魔だ!どけ!」
「ど、く、っかよ!」
俺じゃ庇い切れない部分は少年も当たっていただろう。其れでも大部分は俺の身体が受け止めていた。
痛みはもう感じられない。と言うより全身が痛過ぎて何処が痛いのか分からない。
近くで銃声を聞いていた所為か、最初に頭に当たった所為か音が良く聞こえない。
唯、激しく俺に銃と鞭を浴びせる男の怒号は分かる。何を言っているか分からないが、あまり品の良い言葉は使われていないだろう。
怒りを滲ませた表情で俺を見上げる少年が、何事か俺に叫んだ。多分「退けよ」とかそう言う台詞だ。
だが何と言われ様と俺は退く気など無かった。
だって、おかしいだろ。兄貴が弟をとか、其れ以前の問題で怪我人に、子供に暴力を振るうなんて。
少なくとも子供の内は大人に護られるもんだって、俺は思ってる。
「退かねえよ、良いから黙って庇われとけ」
ぐらぐら揺れる視界に、少年の顔を捉えて俺はそれだけ言った。
多分言えてると思う。あんま自信無いけど。
俺を撃つのに飽きたのか、他の理由か男の攻撃は突然止んだ。
ほっとしたのも束の間、今度は違う標的に狙いを定めているのを目にする。
あの時上に居た少女だ。確証は無いが、多分そうだ。あのセーラー服を覚えている。景色に似合わない儚い印象の少女。
駄目だ、女の子に手を上げるなんて。俺は男を止める為に立ち上がった。
正確には立ち上がろうとした。
視界どころか全身がぐらぐらしている。きちんと立つ事さえ出来ない。
わんわんと不思議な音が頭をこだまし、其れでも少年が俺に何か叫んでいるのが聞こえた。
「駄目、だ」
止めろよ、何でそんな、誰かを傷つけて楽しいかよ。
俺は全然楽しくない。殴られりゃ痛いし、其れが銃だの鞭だの武器がプラスされたらもっと痛い。其れが分かってるから俺は誰かを殴るのも嫌だ。
喧嘩なんて滅多にしないから殴られるのは主に俺だろうし、其れを別にしてもボロボロになったって良い事無い。
其れでも理由があるバトルなら何とか、何とか許容できるって思った。
少なくともこいつらのバトルには何かあった。
アンタのは違うだろう、唯の暴力。アンタの悦楽の為の自分勝手な暴力だ。
震える身体で毅然と立ち向かう少女は気高く、其の姿が余計に俺を奮い立たせる。
護れなくても良い、唯、盾になれれば其れで良い。これ以上怪我したって痛みなんてわからないんだから。
立ち上がろうとする俺の目の前に風の様に現れたのは、今まで暴動を起こしていた連中だった。
黒い影が駆け抜けて、ぴりりと産毛が逆立つ。
電気、瞬間其の単語が頭に浮かんだ。けど、其れが何か理解出来ない。
男が驚愕の表情で後ろを見つめて、俺も釣られてそっちを見る。
黒いのと、美少女と沢山の人に囲まれた車椅子の男。
ああ、アレがリーダーだ。感覚が先に其れを理解した。
震える足を叱咤し、一歩踏み出して、倒れ込む俺を救い上げたのは慣れた温度、音。
見上げた先には呆れた表情を装いながら、心配そうな眼差しを向けてくる見慣れた顔の男
「全く、何してるんだ。喧嘩が弱い癖に無茶をして」
「るせ……」
文句を言ってやりたいのに身体が矢鱈と重い。自分の体重を支えるのも辛くて、これ幸いと全体重をスーに預けた。
「重い」
文句を言いながらも何だかんだと楽な姿勢を取らせてくれる辺り、こいつは友達思いだ。
後で聞こう、俺を探したかって。「まっさかー」とか言ったら、俺の家で一番硬い目覚まし時計を投げよう。
暴力は嫌いだが、こいつに対してだけは例外だ。
俺が唯一暴力を振るっても良い存在。あ、壁掛け時計も円盤投げの要領でやれば飛ぶかな。
俺がぼんやりしている間に、色々と決着はついていた。
鋭い刃を持った獣が、1人捕まって全てを終わりにしようとしている。
其れは多分正しい選択なんだろう。でも、俺は認めたくない。
怒鳴ろうとした瞬間、スーが俺の口を塞いだ。
「駄目だよ。これは、彼らにとって大事な儀式だ」
スーが真剣な表情で獣の背を見送っていた。
俺は其れを見上げて、獣を見る。
獣は矢張り獣だった。唯、何かから解き放たれた、そんな晴れやかな空気を身に纏っていた。
美少女がいつの間にか隣に立っており、スーに何事か話している。
話を聞くのも野暮な気がして―――億劫で―――俺は目を閉じた。
ああ、何だか凄く疲れた。だからスーと一緒に来るのは嫌だったんだ。
俺はますますA・Tが嫌いになるし、身体はこれ以上ないくらいボロボロ。
「、?」
「君?」
スーの焦り声と美少女の不思議そうな声が耳朶を擽る。ごめん、今俺すっげー眠い。
全身に吹き付ける風に口元を緩め、身体をスーに預けて俺は思う。
「っちょ、君まさかこんな所で気を失わないよね!冗談じゃないよ、気を失った人間ってすっごく重いんだから。大体気を失った君を運ぶなんて面倒な事絶対したくないしって、聞いてるの??」
とっくに成人した身としては迷子と言う非常に情けない称号だけは勘弁して欲しいが、この流れに埋もれたままだと迷子どころかボロ雑巾になる方が早い。
「うおおお…」
右へ左へ突き抜ける怒声の波を掻い潜り何とか抜け出した先で、人が撃たれるのを見た。
被っていた頑丈なメットがいとも簡単に砕け散る。
其の音でまた耳が痛んだ。ついでとばかりにこめかみも痛み、吐き気さえ覚える。
此処で暴動を起こしている連中は正直、正気じゃないと思っていた。だけど、あんなに簡単に人を撃ててしまう人間も、きっと正気じゃない。
こんな恐ろしい場所へ連れて来やがって、後で絶対殴る!
心の中で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て、イカれた『公僕』から逃げるべく身を翻した。
俺は絶対にアレを警察だなんて認めない。認めたらいけない。
「って言うかマジで怖えええ!!!」
怒声罵声に加えて悲鳴と銃声。
此処は本当に現代日本か、と聞きたくなるような惨状だ。
あっちこっちで女の子とか弱い仲間を護ろうとする強い組と、警察とのバトルが繰り広げられているらしい。
聞こえてくる音は色々ぶっ飛んでて頭が理解するのを放棄しているから、多分だけど。
俺はジャージを埃まみれにしながら、四つんばいになったり転がったり駆け抜けたりと忙しなく戦場を駆け抜けていた。
無事に此処を切り抜けられるなら、これから暫くレポート地獄でも文句言いません。いや、本当はそんなのこれっぽっちも嬉しくないから、暫くお休みもらえると本当に有り難いんだけど!
人の居ない方居ない方へ逃げて、気が着くと俺は随分高い場所まで上って来ていた。
最後のバトルで使われていたステージが近い。
「うお、怖え」
大体連れて来られる時は強制だから景色を見る余裕なんて無いが、こうして高い場所に自分で上がってくると何となく怖い。
しかも今は階下で戦争が勃発中だ。落ちたら違う意味で確実に死ぬ。
「――――、咢」
ふいに耳に入って来たのは楽しそうな男の声。この声、さっきの『鰐』とか呼ばれてた奴の声だ。
慌てて身を縮めて辺りの様子を探る。
聴覚に意識を集中して、あの男の声だけを辿った。
訓練みたいなものは受けちゃいないから、とりあえず頑張れ俺!と言う世にも情けない野生の勘に頼っての行動だ。だが、馬鹿に出来ない野生の勘。
距離はさほど遠くない場所からだったが、気付かれる程近くは無い。
声を聞きながらじっと其の場所を見る。自慢じゃないが、視力は両目0.7だ。中途半端な所が俺らしいとはスーの言。よし、後で殴る。
声の元に居たのは眼帯をつけた小柄な中学生と、銀色の髪をした長身の男。どちらも結構な美形で、此処でも美形のインフレが発生している。
もしかしたら美形が世間の大半を占めているのではないか、と錯覚してしまうほどA・T世界って美形が多い。
あれ、俺って何だ。珍獣?いや、でも俺A・Tと関係無いしな。
思考がおかしな方向に進み始めていたのを強制的に軌道修正したのは、激しい銃撃の音だった。
其れも一発や二発ではない、何度も、それこそ弾が尽きるのではないかと思うほどの雨。
驚いて其の光景を凝視する俺に、更に驚くべき言葉が飛び込んできた。
「実の兄に向かって」
楽しげに―――吐き捨てるように―――男は呟いて鞭を振るう。
実の、兄?
兄が弟に銃を向けて、怪我をして動けない弟に圧倒的な力で、暴力を。
知った瞬間駆け出していた。
俺の人生の中でこんなに速く走った事は無いだろう、と思うほど速く。突然飛び出した俺に其処に居る全員が気付くより速く。
男が、兄が、少年に、弟に、銃を向けてまた発砲しようとする。
考えるより先に身体が動いた。
「がっ!」
痛いなんてもんじゃない。ピンポイントで弾は俺の側頭部に直撃し、目の前が一瞬白く弾ける。
「―――なっ!」
一拍遅れて左右から驚きの声が上がった。多分、あの一瞬俺は気を失っていたんだろう。追撃の様に当てられた鞭で正気に戻る。
「何だ手前は!」
驚きで目を見開く少年より先に男が我に返った。俺を敵と見做し、銃と鞭を向けてくる。
俺の向こう側に弟がいるって言うのに関係無く、だ。
少年の小さな身体に覆い被さって、俺はぶつけられる痛みに耐える。
鞭が痛い、銃が痛い。ああ、こんな所に連れてきやがって、後で殴る、絶対殴る。
「邪魔だ!どけ!」
「ど、く、っかよ!」
俺じゃ庇い切れない部分は少年も当たっていただろう。其れでも大部分は俺の身体が受け止めていた。
痛みはもう感じられない。と言うより全身が痛過ぎて何処が痛いのか分からない。
近くで銃声を聞いていた所為か、最初に頭に当たった所為か音が良く聞こえない。
唯、激しく俺に銃と鞭を浴びせる男の怒号は分かる。何を言っているか分からないが、あまり品の良い言葉は使われていないだろう。
怒りを滲ませた表情で俺を見上げる少年が、何事か俺に叫んだ。多分「退けよ」とかそう言う台詞だ。
だが何と言われ様と俺は退く気など無かった。
だって、おかしいだろ。兄貴が弟をとか、其れ以前の問題で怪我人に、子供に暴力を振るうなんて。
少なくとも子供の内は大人に護られるもんだって、俺は思ってる。
「退かねえよ、良いから黙って庇われとけ」
ぐらぐら揺れる視界に、少年の顔を捉えて俺はそれだけ言った。
多分言えてると思う。あんま自信無いけど。
俺を撃つのに飽きたのか、他の理由か男の攻撃は突然止んだ。
ほっとしたのも束の間、今度は違う標的に狙いを定めているのを目にする。
あの時上に居た少女だ。確証は無いが、多分そうだ。あのセーラー服を覚えている。景色に似合わない儚い印象の少女。
駄目だ、女の子に手を上げるなんて。俺は男を止める為に立ち上がった。
正確には立ち上がろうとした。
視界どころか全身がぐらぐらしている。きちんと立つ事さえ出来ない。
わんわんと不思議な音が頭をこだまし、其れでも少年が俺に何か叫んでいるのが聞こえた。
「駄目、だ」
止めろよ、何でそんな、誰かを傷つけて楽しいかよ。
俺は全然楽しくない。殴られりゃ痛いし、其れが銃だの鞭だの武器がプラスされたらもっと痛い。其れが分かってるから俺は誰かを殴るのも嫌だ。
喧嘩なんて滅多にしないから殴られるのは主に俺だろうし、其れを別にしてもボロボロになったって良い事無い。
其れでも理由があるバトルなら何とか、何とか許容できるって思った。
少なくともこいつらのバトルには何かあった。
アンタのは違うだろう、唯の暴力。アンタの悦楽の為の自分勝手な暴力だ。
震える身体で毅然と立ち向かう少女は気高く、其の姿が余計に俺を奮い立たせる。
護れなくても良い、唯、盾になれれば其れで良い。これ以上怪我したって痛みなんてわからないんだから。
立ち上がろうとする俺の目の前に風の様に現れたのは、今まで暴動を起こしていた連中だった。
黒い影が駆け抜けて、ぴりりと産毛が逆立つ。
電気、瞬間其の単語が頭に浮かんだ。けど、其れが何か理解出来ない。
男が驚愕の表情で後ろを見つめて、俺も釣られてそっちを見る。
黒いのと、美少女と沢山の人に囲まれた車椅子の男。
ああ、アレがリーダーだ。感覚が先に其れを理解した。
震える足を叱咤し、一歩踏み出して、倒れ込む俺を救い上げたのは慣れた温度、音。
見上げた先には呆れた表情を装いながら、心配そうな眼差しを向けてくる見慣れた顔の男
「全く、何してるんだ。喧嘩が弱い癖に無茶をして」
「るせ……」
文句を言ってやりたいのに身体が矢鱈と重い。自分の体重を支えるのも辛くて、これ幸いと全体重をスーに預けた。
「重い」
文句を言いながらも何だかんだと楽な姿勢を取らせてくれる辺り、こいつは友達思いだ。
後で聞こう、俺を探したかって。「まっさかー」とか言ったら、俺の家で一番硬い目覚まし時計を投げよう。
暴力は嫌いだが、こいつに対してだけは例外だ。
俺が唯一暴力を振るっても良い存在。あ、壁掛け時計も円盤投げの要領でやれば飛ぶかな。
俺がぼんやりしている間に、色々と決着はついていた。
鋭い刃を持った獣が、1人捕まって全てを終わりにしようとしている。
其れは多分正しい選択なんだろう。でも、俺は認めたくない。
怒鳴ろうとした瞬間、スーが俺の口を塞いだ。
「駄目だよ。これは、彼らにとって大事な儀式だ」
スーが真剣な表情で獣の背を見送っていた。
俺は其れを見上げて、獣を見る。
獣は矢張り獣だった。唯、何かから解き放たれた、そんな晴れやかな空気を身に纏っていた。
美少女がいつの間にか隣に立っており、スーに何事か話している。
話を聞くのも野暮な気がして―――億劫で―――俺は目を閉じた。
ああ、何だか凄く疲れた。だからスーと一緒に来るのは嫌だったんだ。
俺はますますA・Tが嫌いになるし、身体はこれ以上ないくらいボロボロ。
「、?」
「君?」
スーの焦り声と美少女の不思議そうな声が耳朶を擽る。ごめん、今俺すっげー眠い。
全身に吹き付ける風に口元を緩め、身体をスーに預けて俺は思う。
「っちょ、君まさかこんな所で気を失わないよね!冗談じゃないよ、気を失った人間ってすっごく重いんだから。大体気を失った君を運ぶなんて面倒な事絶対したくないしって、聞いてるの??」
今、この瞬間にこそ
(こいつを殴りたいと思うのに。身体が言う事をきかない。元気になったら真っ先に闇討ちに行くと誓い、俺は意識を手放した)