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見上げた先には当たり前の様にまあるい月と、其の横に寄り添う小さな月があった。
葛馬はずっと其の景色を見ている。小さな月は朝でも昼でも夜でも関係なく空に浮かんでいて、いつも薄い灰色をしていた。
あれは何だろう、と幼心に不思議に思っていた。
まず始めに母親に聞いてみた、その次に父親に、そして年の離れた姉に。
けれど誰も其の月を見てはおらず、笑いながら「そんなものは無いよ」と言った。
大人は皆葛馬を「空想好きの少し変わった子」だと思っていただろう。けれど葛馬には確かに其れが見えていたのだ。
自分にしか見えないのだろうか、小さくて灰色で、時々色を変える綺麗な月。
丸くは無く少し歪な形をしている其れが葛馬は好きだった。
其の月を見上げていると、胸の奥が少しきゅっと切なくなる。
其の感情の意味は幼い葛馬には分からなかったけれど。
「カズ君にも見えているんだね」
誰にも見えない、自分にしか見えないと思っていた月を見えるといった人が居た。
見えない月の話ばかりする葛馬を扱いかねた両親が、離れた場所に住む葛馬の祖父母に息子を預けた時に出会った。
他でもない、葛馬の祖母だった。
優しく微笑んで祖母は葛馬の頭を撫で、そんな言葉を口にした。
「おばあちゃんにもみえるの?」
葛馬は驚いて祖母を見上げた。
幼心に大人達が月の話を嫌がっているのに気付いて、葛馬は自分から口にしなくなった話題だった。
祖母は小さな葛馬を見下ろして大きく頷く。
「葛馬の目が綺麗な青色をしているから、もしかしたらと思っていたのだけどね」
「め?」
葛馬の目は祖母の言う通り、澄んだ青だった。両親も姉も茶だが葛馬だけが青だった。
葛馬はずっと自分だけが仲間外れなのだと思っていた。だが、其の思いは此処に来て払拭される事となる。
祖母の目もまた、青だったからだ。
葛馬の其れより深い青が葛馬を優しく見つめる。
「お祖母ちゃんの血が出ちゃったんだね。ごめんね、カズ君」
「どうしてあやまるの?」
「大人になったカズ君につらい思いをさせるかもしれないからね。お祖母ちゃんは若い頃沢山辛い思いをして、お祖父ちゃんと出会って漸く幸せになれたんだよ」
「じゃあ、いまはしあわせ?」
首を傾げる葛馬に祖母は優しく微笑んだ。
「勿論。お祖父さんが居て、カズ君が居て。世界に沢山好きな人がいるんだから」
「ぼくもおばあちゃん、すき」
えへへと笑って葛馬は祖母に抱きついた。
其の小さな身体を抱き止めて、祖母は葛馬に言う。
「あの場所はね、カズ君。お祖母ちゃん達の故郷なの。お祖母ちゃんは知らないけど、お祖母ちゃんのお祖母ちゃん、もしかしたらそのまたお祖母ちゃんが暮らしていた場所」
優しく昔語りを始めた祖母に葛馬は首を傾げる。
「もっと大きくなってから、たくさんの事を教えてあげたいのだけどね」
優しい祖母の手に促される様に葛馬はうとうとと舟をこぎ始める。
とても大事な話をしているような気がして、本当は起きていたかったのだけど葛馬は其の穏やかな眠りに逆らえなかった。
腕の中ですやすやと眠る葛馬を見下ろして、祖母は空を見上げた。
灰色の月、遠い祖先が暮らしていた場所。
「この子が大きくなるまで生きていられれば良いけれど、きっと無理でしょうね」
呟いて祖母は葛馬の小さな身体を抱きしめた。
どうかこの子の未来が幸せに溢れていますように、と願いながら。
葛馬はずっと其の景色を見ている。小さな月は朝でも昼でも夜でも関係なく空に浮かんでいて、いつも薄い灰色をしていた。
あれは何だろう、と幼心に不思議に思っていた。
まず始めに母親に聞いてみた、その次に父親に、そして年の離れた姉に。
けれど誰も其の月を見てはおらず、笑いながら「そんなものは無いよ」と言った。
大人は皆葛馬を「空想好きの少し変わった子」だと思っていただろう。けれど葛馬には確かに其れが見えていたのだ。
自分にしか見えないのだろうか、小さくて灰色で、時々色を変える綺麗な月。
丸くは無く少し歪な形をしている其れが葛馬は好きだった。
其の月を見上げていると、胸の奥が少しきゅっと切なくなる。
其の感情の意味は幼い葛馬には分からなかったけれど。
「カズ君にも見えているんだね」
誰にも見えない、自分にしか見えないと思っていた月を見えるといった人が居た。
見えない月の話ばかりする葛馬を扱いかねた両親が、離れた場所に住む葛馬の祖父母に息子を預けた時に出会った。
他でもない、葛馬の祖母だった。
優しく微笑んで祖母は葛馬の頭を撫で、そんな言葉を口にした。
「おばあちゃんにもみえるの?」
葛馬は驚いて祖母を見上げた。
幼心に大人達が月の話を嫌がっているのに気付いて、葛馬は自分から口にしなくなった話題だった。
祖母は小さな葛馬を見下ろして大きく頷く。
「葛馬の目が綺麗な青色をしているから、もしかしたらと思っていたのだけどね」
「め?」
葛馬の目は祖母の言う通り、澄んだ青だった。両親も姉も茶だが葛馬だけが青だった。
葛馬はずっと自分だけが仲間外れなのだと思っていた。だが、其の思いは此処に来て払拭される事となる。
祖母の目もまた、青だったからだ。
葛馬の其れより深い青が葛馬を優しく見つめる。
「お祖母ちゃんの血が出ちゃったんだね。ごめんね、カズ君」
「どうしてあやまるの?」
「大人になったカズ君につらい思いをさせるかもしれないからね。お祖母ちゃんは若い頃沢山辛い思いをして、お祖父ちゃんと出会って漸く幸せになれたんだよ」
「じゃあ、いまはしあわせ?」
首を傾げる葛馬に祖母は優しく微笑んだ。
「勿論。お祖父さんが居て、カズ君が居て。世界に沢山好きな人がいるんだから」
「ぼくもおばあちゃん、すき」
えへへと笑って葛馬は祖母に抱きついた。
其の小さな身体を抱き止めて、祖母は葛馬に言う。
「あの場所はね、カズ君。お祖母ちゃん達の故郷なの。お祖母ちゃんは知らないけど、お祖母ちゃんのお祖母ちゃん、もしかしたらそのまたお祖母ちゃんが暮らしていた場所」
優しく昔語りを始めた祖母に葛馬は首を傾げる。
「もっと大きくなってから、たくさんの事を教えてあげたいのだけどね」
優しい祖母の手に促される様に葛馬はうとうとと舟をこぎ始める。
とても大事な話をしているような気がして、本当は起きていたかったのだけど葛馬は其の穏やかな眠りに逆らえなかった。
腕の中ですやすやと眠る葛馬を見下ろして、祖母は空を見上げた。
灰色の月、遠い祖先が暮らしていた場所。
「この子が大きくなるまで生きていられれば良いけれど、きっと無理でしょうね」
呟いて祖母は葛馬の小さな身体を抱きしめた。
どうかこの子の未来が幸せに溢れていますように、と願いながら。
望郷の念と愛し子