#01 //

  手を伸ばした先に在ったのは絶望だった。

















 「ばあさん、迎えに来たよ」
 宣告してからきっかり一ヶ月後、俺はまたあの男の力を使って婆さんの元を訪れていた。
 婆さんは白いベッドの中でゆっくりと目を開き、優しく笑った。
 「ああ、アンタかい。遅かったねえ」
 「そんな事ねえよ、ちゃんと時間通り」
 身体を動かすのも辛そうな婆さんに手を貸して、身体を起こしてやる。
 婆さんは俺に凭れ掛かったまま幸せそうに笑っていた。
 「アンタのおかげで悪くない最後だよ」
 「俺は、家族じゃないよ」
 「家族にはちゃんとお別れしたさ」
 婆さんは楽しそうに笑いながら、違うと否定する。良く分からなくて俺は首を傾げた。
 「こんな時、誰かに傍に居てもらえるってのは幸せだよ」
 「………」
 心の底からそう思っている婆さんに告げる言葉が見付からなくて、俺は後ろを振り返った。
 濃いグレーのスーツを纏った男が、俺の視線に気付いて顔を上げる。厚いレンズ越しに視線が交わった。
 頼む、と俺が口にする前に男が婆さんに近付き、緩やかに其の手を掲げる。
 「坊や、ありがとうね」
 長い腕が下ろされる瞬間、婆さんの声が俺の耳に届いた。
 反射的に見下ろした先にあるのは静かに瞼を閉じた婆さんの姿。
 鼓動も呼吸ももう行う事の無い肉の塊が、俺の腕の中にあった。
 もう其れを見ても震える事はない。身体を起こした時と同じ様に静かにベッドに横たえて、俺は最後にもう一度婆さんを見下ろした。
 満足そうに弧を描く唇に、少しだけ救われた気がした。


 「戻りますよ」  「ああ」


 揺るがない男の声に応えて、俺は目を閉じた。
 軽い浮遊感、目を開けた時には既に自分の部屋に居た。
 何処もかしこも白い部屋ではなく、見慣れた自分の部屋。




 「では、私はまた暫く休む事にします」
 「ああ、じゃあな」
 「ええ、また」
 男は変わらぬ声音でそう告げて、静かに姿を消した。




 このやり取りは何度目になるだろうか。
 多分両手両足を足した数よりは少ない。でも、確実に両手よりは多い。
 其れだけの数の中で、慣れてしまったのか麻痺してしまったのか。
 目の前で命が消える瞬間、絶対に耐えられないと思っていたのに。


 「人間って、すげえの」


 乾いた笑いが口から零れる。
 何故こんな事になったのか、なんて考えるまでも無い。
 あの日あの場所に居なければ、きっと俺はこんな思いをしていなかっただろう。
 こうして命を奪うたび、宣告をする度、俺はあの日の出会いを恨んでいる。








  苦しくて、泣きたくて、でも泣けないくて
 (其れが安易な逃げと知っているからこそ)