#02 //
「こんにちは、初めまして」
今まで見た事も無いくらい綺麗で蕩ける様な笑顔を見せた相手は、決して交わってはならない存在だった。
「え、あ、はじめ、まして?」
俺の前に立ってにこにこと笑う男に、俺はしどろもどろになりながら応えた。
初めまして、と言うからには初めて会うんだろう。相手が俺を覚えていて、俺が相手を覚えていないと言う可能性はこれで消えた。
まあ、この男に対してそんな事は無いだろう何てことは初めからわかっていた。
炎の様な赤い髪に、同色の目。すらりと伸びた四肢は長く、モデルばりにスタイルが良い。綺麗なラインの首に乗っているのは、これまた極上の顔。
パーツの1つ1つが丁寧に作られているんだ、と感じた。
「あの、俺に一体何の用…すか」
派手だが下品なわけではない。そこ等辺の路地裏に居る連中とは格も種類も違う気がする。
そんな男が俺に声をかけてくる理由が分からず、恐る恐る声をかければ男はますます楽しそうに笑った。
「うん、少しデートのお誘いに」
「はあ?!」
「だから、デート。僕と出かけよう」
にこにこと自分を指差して、男は悪びれずに言う。
男が男をナンパって言う事だろうか。この男はそう言う趣味の男なんだろうか。
気持ち悪い筈なのに、そんな言葉が浮かんで来ない。
「何で俺…」
「んー、たまたま、かな。誰でも良かったんだよ。だから、僕はここ数日ずっとこの場所に居て、此処を通り過ぎる人を数えていた。666人目の人とデートしようと思ってね」
其れが君、と自分を指していた指を俺に向ける。
一体何日間此処に居たんだ。何でそんな事をしていたんだ。アンタは一体。
浮かんでくる筈の言葉が昇る前に消えていく。
赤い目が細められて、大きな手が俺に向けられた。
「ね、僕と一緒に行こう」
逆光になって光なんて差し込んでこない筈なのに、男の目の奥で炎が揺らめく。
其れがとても綺麗で、もっと見たいとそう思って気が付いたら俺は男の手を取っていた。
嬉しそうに笑う男に続いて俺は歩き出す。
とても不思議な光景だった。
目立つ筈の男を、誰も見ない。
男も女も、誰も彼も俺達の姿を気にする事無く横を通り過ぎて行く。
不思議だと思いながら、それ以上にドキドキしていた。
今日初めて会った存在に、まるで恋をしているかの様に胸がときめいて、呼吸が苦しくなる。
連れて行かれる先が何処だって構わないとさえ思った。
男は人気の無い工事現場で漸く立ち止まり、俺を見下ろして愛しげに笑った。
「我慢できなかったの?可愛いなあ」
「っ、あ……俺、」
「心配しないで、して欲しい事僕が全部してあげる」
軽い音を立てて額にキスをされた。其の感覚だけで背筋がぞくぞくする。
「愛してるよ」
優しい男の声に、俺は何も心配する事は無いのだと子供の様に安堵して目を閉じた。
其処から先の事は余り良く覚えていない。
俺に触れる男の手が冷たく感じるほど体が熱くなって、其の熱に浮かされる様に声を上げて男に縋り付いた。
男は酷く優しく俺に笑いかけて、何度も口付けて其の度に「愛している」と言っていた。
何度も熱を吐き出して、吐き出されて、苦しいほどの熱に震えながら男に口付けた。
気だるい身体を優しく下ろされて、乱れた服を整えられる。
見上げると蕩けそうな笑顔を返され、ついでとばかりに額にキスをされた。
「あ……」
「凄く気持ち良かったよ、愛してる」
ふふ、と空気を揺るがす様に笑って男はだからね、と言葉を続けた。
「だからね、君の魂も僕に頂戴」
暖かい手が俺の頬を包む。身体に篭った熱が徐々に冷めて行くのが分かった。
じわりじわり、現実が見えてくる。現実に戻される。
「たま、しい?」
「そう、魂。君は今日此処で、不運にも上から落ちてきた鉄骨に潰されて死んでしまうんだ」
「何で、そんな」
「神様の監視されている世界を壊しちゃう為だよ。ああ、でも心配しないで。こうして一度愛を交わした相手の事を僕達は決して忘れない。僕達が消えるまで、ずうっと愛しているよ」
冷めてきた思考がまた優しい言葉に溶かされて行く。俺の全てが男の物になる、なんて。
まるで夢の様だ、と。溶けて行く思考が呟く。
目を細めて落ちてくる唇を受け入れて、其の先に見える死を受け入れる。其れが極自然な事の様に。
「其処までです」
知らない声に目を開いた瞬間、飛び込んできたのは真っ白な輝きだった。
日本刀だ、少し送れて其の正体に気付く。
「また、君か。今とても楽しい気分だったんだ、邪魔しないでくれるかな」
冷たい声に更に顔を上げてみれば、先程まで幸せそうに笑っていた男の顔が激しい憎悪に染まっていた。
其の変化にぞっとする。
「其の少年から離れなさい。これ以上の行いは認めません」
「死神風情が、あまりでしゃばらないでくれるかな」
男の向こう側に眼鏡をかけたもう一人の男。其の手には刀の柄。
死神と呼んだ相手に憎悪を向けながら男は笑った。
「悪魔の存在は消し去らなければなりません」
「死神さえ居なければもっと簡単に世界を壊せるのに」
どの言葉が合図だったのか分からない、気が付けば目の前に火花が散っていた。
空を火花が飛んでいる。否、捉えきれない動きで2人が戦っている。
呆気にとられていると、赤い髪の男が俺の目の前に現れてにこりと笑う。
「もう少しだけ待っててくれるかな?そうしたらまた愛してあげるから」
ちゅ、と軽い音を立てて男の唇が額に触れて行く。
「させませんよ」
空気を切る音がして、俺の顔すれすれを刃が駆け抜ける。
そしてまた火花の乱舞。
ずるずると其の場に崩れ落ちて、空を見上げた。
人知を超えた動きに、ああ、これは夢なのだと思って俺は目を閉じる。
身体に残る倦怠感も、風の温度も、激しい剣戟も聞こえないフリをして。
暗い闇に身を落とした。
今まで見た事も無いくらい綺麗で蕩ける様な笑顔を見せた相手は、決して交わってはならない存在だった。
「え、あ、はじめ、まして?」
俺の前に立ってにこにこと笑う男に、俺はしどろもどろになりながら応えた。
初めまして、と言うからには初めて会うんだろう。相手が俺を覚えていて、俺が相手を覚えていないと言う可能性はこれで消えた。
まあ、この男に対してそんな事は無いだろう何てことは初めからわかっていた。
炎の様な赤い髪に、同色の目。すらりと伸びた四肢は長く、モデルばりにスタイルが良い。綺麗なラインの首に乗っているのは、これまた極上の顔。
パーツの1つ1つが丁寧に作られているんだ、と感じた。
「あの、俺に一体何の用…すか」
派手だが下品なわけではない。そこ等辺の路地裏に居る連中とは格も種類も違う気がする。
そんな男が俺に声をかけてくる理由が分からず、恐る恐る声をかければ男はますます楽しそうに笑った。
「うん、少しデートのお誘いに」
「はあ?!」
「だから、デート。僕と出かけよう」
にこにこと自分を指差して、男は悪びれずに言う。
男が男をナンパって言う事だろうか。この男はそう言う趣味の男なんだろうか。
気持ち悪い筈なのに、そんな言葉が浮かんで来ない。
「何で俺…」
「んー、たまたま、かな。誰でも良かったんだよ。だから、僕はここ数日ずっとこの場所に居て、此処を通り過ぎる人を数えていた。666人目の人とデートしようと思ってね」
其れが君、と自分を指していた指を俺に向ける。
一体何日間此処に居たんだ。何でそんな事をしていたんだ。アンタは一体。
浮かんでくる筈の言葉が昇る前に消えていく。
赤い目が細められて、大きな手が俺に向けられた。
「ね、僕と一緒に行こう」
逆光になって光なんて差し込んでこない筈なのに、男の目の奥で炎が揺らめく。
其れがとても綺麗で、もっと見たいとそう思って気が付いたら俺は男の手を取っていた。
嬉しそうに笑う男に続いて俺は歩き出す。
とても不思議な光景だった。
目立つ筈の男を、誰も見ない。
男も女も、誰も彼も俺達の姿を気にする事無く横を通り過ぎて行く。
不思議だと思いながら、それ以上にドキドキしていた。
今日初めて会った存在に、まるで恋をしているかの様に胸がときめいて、呼吸が苦しくなる。
連れて行かれる先が何処だって構わないとさえ思った。
男は人気の無い工事現場で漸く立ち止まり、俺を見下ろして愛しげに笑った。
「我慢できなかったの?可愛いなあ」
「っ、あ……俺、」
「心配しないで、して欲しい事僕が全部してあげる」
軽い音を立てて額にキスをされた。其の感覚だけで背筋がぞくぞくする。
「愛してるよ」
優しい男の声に、俺は何も心配する事は無いのだと子供の様に安堵して目を閉じた。
其処から先の事は余り良く覚えていない。
俺に触れる男の手が冷たく感じるほど体が熱くなって、其の熱に浮かされる様に声を上げて男に縋り付いた。
男は酷く優しく俺に笑いかけて、何度も口付けて其の度に「愛している」と言っていた。
何度も熱を吐き出して、吐き出されて、苦しいほどの熱に震えながら男に口付けた。
気だるい身体を優しく下ろされて、乱れた服を整えられる。
見上げると蕩けそうな笑顔を返され、ついでとばかりに額にキスをされた。
「あ……」
「凄く気持ち良かったよ、愛してる」
ふふ、と空気を揺るがす様に笑って男はだからね、と言葉を続けた。
「だからね、君の魂も僕に頂戴」
暖かい手が俺の頬を包む。身体に篭った熱が徐々に冷めて行くのが分かった。
じわりじわり、現実が見えてくる。現実に戻される。
「たま、しい?」
「そう、魂。君は今日此処で、不運にも上から落ちてきた鉄骨に潰されて死んでしまうんだ」
「何で、そんな」
「神様の監視されている世界を壊しちゃう為だよ。ああ、でも心配しないで。こうして一度愛を交わした相手の事を僕達は決して忘れない。僕達が消えるまで、ずうっと愛しているよ」
冷めてきた思考がまた優しい言葉に溶かされて行く。俺の全てが男の物になる、なんて。
まるで夢の様だ、と。溶けて行く思考が呟く。
目を細めて落ちてくる唇を受け入れて、其の先に見える死を受け入れる。其れが極自然な事の様に。
「其処までです」
知らない声に目を開いた瞬間、飛び込んできたのは真っ白な輝きだった。
日本刀だ、少し送れて其の正体に気付く。
「また、君か。今とても楽しい気分だったんだ、邪魔しないでくれるかな」
冷たい声に更に顔を上げてみれば、先程まで幸せそうに笑っていた男の顔が激しい憎悪に染まっていた。
其の変化にぞっとする。
「其の少年から離れなさい。これ以上の行いは認めません」
「死神風情が、あまりでしゃばらないでくれるかな」
男の向こう側に眼鏡をかけたもう一人の男。其の手には刀の柄。
死神と呼んだ相手に憎悪を向けながら男は笑った。
「悪魔の存在は消し去らなければなりません」
「死神さえ居なければもっと簡単に世界を壊せるのに」
どの言葉が合図だったのか分からない、気が付けば目の前に火花が散っていた。
空を火花が飛んでいる。否、捉えきれない動きで2人が戦っている。
呆気にとられていると、赤い髪の男が俺の目の前に現れてにこりと笑う。
「もう少しだけ待っててくれるかな?そうしたらまた愛してあげるから」
ちゅ、と軽い音を立てて男の唇が額に触れて行く。
「させませんよ」
空気を切る音がして、俺の顔すれすれを刃が駆け抜ける。
そしてまた火花の乱舞。
ずるずると其の場に崩れ落ちて、空を見上げた。
人知を超えた動きに、ああ、これは夢なのだと思って俺は目を閉じる。
身体に残る倦怠感も、風の温度も、激しい剣戟も聞こえないフリをして。
暗い闇に身を落とした。
だってね、それが至上の喜びなんだよ。
(何処かでそんな声が聞こえたのも、きっと気の所為なんだと。だって俺はあの男の名前さえ知らない)