#03 //

 目を覚まして、見上げた天井が見慣れた其れと気付き安堵する。
 いつ帰ってきたのかは分からないがアレは矢張り夢だったのだと思う。
 大きく溜息を吐こうとして、其の口は半開きのまま固まる事となった。
 「漸くお目覚めですか」
 呆れたように俺を見下ろして、そう呟く男によって。


 「しにがみ?」
 俺を見下ろしていた眼鏡の男は自分をそう呼んだ。
 「ええ、私個人の名前は別に存在しますが、教える気など毛頭無いので私の事は死神と呼んで下さい」
 真顔で酷い事をさらりと告げる辺り、この男は性格が捻じ曲がっていると思った。
 「其れで君の名前は?」
 「自分は名乗んねえくせに、人には名乗らせるのかよ」
 むっとして言い返せば、死神は眼鏡のブリッジを指で押さえながら嘲笑した。
 「君は私に『人間』と呼んで欲しいのですか」
 「っ!カズマだよ!美鞍葛馬!」
 「では、君の事は葛馬、と」
 挑発に簡単に乗った俺が面白いのか、死神は酷く楽しそうに笑いながら俺の名前を呼んだ。
 存外優しい声で名前を呼ばれて驚いてしまう。しかし、此処でほだされてはいけないと頭の何処かで警鐘が鳴っていた。
 「って、言うか、お前何なんだよ。死神って、俺の命を奪いに来たのか!」
 俺の言葉に死神は心底不愉快だと言いたげな表情を浮かべ、大袈裟に溜息を吐いた。
 あからさまに馬鹿にされている。
 「人間が勝手に作り上げた死神像で物を言わないで頂きたい。私達はあくまで『神』を名乗るもの、この世界を創造された神に仕えるものですよ」
 当然の様に発せられた「仕える」と言う言葉に何故か違和感を感じた。多分男が尊大すぎて、誰かに仕えている姿が想像できない所為だろう。
 「良いですか。人間の生き死には全て神によって定められています。定められた時間、定められた場所で絶える魂を回収し、しかるべき場所へ送り届けるのが我々の役目。其れを行う事で世界は保たれているのです」
 「決められてって、運命って事かよ」
 「分かりやすく言えば」
 「そんな簡単な言葉で俺達の人生くくるなよ!」
 死神はもう一度大きな溜息を吐いた。
 「人間の観念を私にぶつけられても仕方が無い。君達がどう思おうと、我々は定められた時定められた場所で魂を回収するのみ」  冷たい視線、冷たい声。凍えてしまいそうになる。
 此処で漸く俺は目の前の存在が、人とは違うものなのだと知った。
 死神は死神としての在り方しか分からない。人と触れ合う事もきっと無いんだろう。
 何だか無性に悲しい、と思った。

 「納得したようなら私が此処に居る理由を説明しましょう。端的に言えば、君を助けた為に力の大部分を失ったから、です」
 「は?」
 「君を殺そうとした悪魔と戦闘し、お互いに力の殆どを失いました」  悪魔。其の言葉に体の奥が疼いた。  吐き出した熱がまたじわじわとこみ上げて来て、悟られないように身じろぎをする。
 死神は気付いていないのか、そもそも興味が無いのか淡々と言葉を続けた。
 「あちらがどうかは知りませんが、私は存在を保つのも危うくなった為緊急措置として君の身体を間借りしています」
 「はあ?!」
 つまりは俺の中に居るという事だろうか。
 何て勝手な!そう思ったが驚きすぎて言葉が出てこない。
 金魚の様に口をぱくぱくさせている俺を死神は静かに見下ろしていた。
 「言っておきますが、君に拒否権はありません。私の力が戻るまで君には私の仕事の手伝いをして頂きます」
 「て、手伝いって」  「死の宣告と魂の回収です。死の一月前に死亡時刻を宣告し、其の時間に魂を回収しに行く。ああ、回収自体は私がやりますのでご安心を」
 どういう事だろう。
 余りにも日常から遠過ぎて頭が追いつかない。
 死神の仕事を手伝う?宣告?何の?死?

 俺は見ず知らずの存在に、そんな残酷な事実を突きつけなくちゃいけないのか?
 どれだけ?(いつまで?)



 「其れまでは何時も通りに過ごして結構です」
 「あ、ああ…」
 「私はそろそろ休みます。こうして話しているのも限界の様ですので」
 では、と告げると死神は目の前から消えた。
 夢なら良かったのに。けれどこれが夢じゃないと分かっている。


 「どう、なってるんだよ」
 呟いた言葉に答えは無く、俺はこの時から他人の死に否応にも触れなければならなくなった。








  奇奇妙妙な出来事
 (こんな出来事望んでなかったのに)