#04 //
魂を回収した次の日の朝はとてもだるい。
身体がどうこうではなくて、多分精神が疲れてるんだろう。
見た事無い相手でも、赤の他人でも、目の前で失われていく姿を見るのは正直辛い。
其れでも泣かずにお別れ出来るのは、心の準備が出来ているからだと思っていた。
あんなに行くのが嫌だ、と思っていた学校が、今では待ち遠しくて仕方が無い。
あの死神の管轄はどうやらこの辺り一帯らしいが、うちの学校にいる奴らは矢鱈頑丈なのか大抵の事は怪我で終わってしまう。
其の事に心の底から安堵して、俺は今日も授業を寝て過ごす。
「あー……だりぃ」
思わず口をついて出た言葉を耳聡く聞きつけたらしく、亜紀人が振り返った。
目の前の席に小動物の様にちょこんと腰掛け、首を傾げる。
何でこいつはこう、いちいち女々しいと言うか男っぽくないと言うか。
あれ、これ同じ意味か?
「カズ君何だか今日はお疲れだね、どうかしたの?」
「ああ、ちょっと寝不足でな」
寝不足。そうだ、俺は多分寝不足なんだ。
死に触れて精神が疲れる以上に、いつもなら寝ている時間に起きて魂の回収を行う。その後結局眠るけれど、いつもよりは睡眠時間が短い。
自覚した途端欠伸が出た。
間抜けな表情を晒していたが、亜紀人は笑う事無く真っ直ぐ俺を見ていた。
「んあ?何だよ、亜紀人」
「あー……うん、何て言うのかな。最近カズ君、変わったよね」
でっかい目を瞬かせて亜紀人はそんな事を口にした。
何気なく発せられた言葉にどきりとしてしまう。
俺が変わった様に見えるなら、其れは確実にあの体験が原因だ。
「そう、か?」
「うん。ちょっと大人っぽくなったって言うか。……あ、もしかして彼女でも出来たのー?」
「何ぃ!!!!」
にやにや楽しそうに覗き込む亜紀人の言葉に、何時もの様に周りが過剰反応を示す。
素早くイッキが俺の首を絞めにかかり、オニギリが絡んでくる。其の向こう側に楽しそうな亜紀人と、何事か騒いでる女子三人組。
「カズ!!貴様雑魚の分際で俺様より先に彼女を作るとは!!」
「ぐあ、ちげっ!」
「ゆ・る・さ・ん!!!」
「ぐえええ!!」
「何処に行った!」
「あの裏切り者め!」
ばたばたと激しい音を立てて遠ざかっていく足音。
嵐の様な其れが小さくなってから漸く安堵の息を吐いた。
「何だってんだよ、たく」
殺気を撒き散らしている童貞2人組に俺は溜息を吐いた。勝手に勘違いして殺されたらたまったもんじゃない。
多分やつらは俺が脱童貞したと思っているんだろう。
「……」
瞬間いつかの出来事を思い出して顔が熱くなる。
長い指が肌を撫でる感触、口付ける唇の柔らかさ、そして何より忘れられない俺を穿つアレの温度。
よくよく考えれば、あんな場所に突っ込まれて痛みが無かったのはおかしかったけれど、多分そう言う存在なんだろうと納得してしまった。
俺はあの時、俺に対して愛ばかり呟くあいつの与える快楽に翻弄されていた。
貫かれた時の悦び、揺すられる度に駆け上がってくる其れに声を上げてもっともっとと強請って。
「うわ……」
気付けば股間が軽く持ち上がっていた。身体の反応の良さに苦笑する。
誰も居ない事を確認してからそろりと手を這わせれば、僅かだが快感を感じる。
技巧も何も無く本能の赴くままにズボンの上から其処を擦れば、直ぐに反応しじわりと湿り気が伝わって来た。
「っ……」
一体何をしているんだろうと頭の何処かで冷静な自分が問い掛ける。
馬鹿な事をしていると分かっていながら、あの時覚えた快感を欲して手が動く。
思い出してしまったら到達するまで止まれない、止まりたく無い。
もつれる手でベルトを外し、ズボンの前をくつろげた。もっともっと、体が其れをねだる。
「何をしてるんですか、君は」
熱でどうかしていた頭が一瞬で醒めるほど冷たい声。
いつの間に現れたのか、日を遮る様に立つ男の影が俺を覆っていた。
暖かい手が俺の頬を包む。身体に篭った熱が徐々に冷めて行くのが分かった。
顔を上げた先に居るのは何時ものように俺を見下ろす死神。唯、其の目に宿る色は侮蔑と嘲笑だ。
「な、何でお前っ!」
「次の仕事が入りましたので連絡に来たんです。……ああ、ご心配なく続けて私の事は気にせず続けて頂いて結構ですよ」
「続けっ?!」
「そんな呆けた頭で連絡事項が伝わるとは思えないのでね」
抑揚も無く「どうぞ」と告げられて続けられる筈が無い。俯いて唇を噛み締める。
顔が熱いのはさっきまで感じていた熱の所為じゃなくて、羞恥の所為だ。
決して興奮の所為じゃない。
そう思うのに温度を感じない目で見下ろされて、一度醒めた頭がまたぼうっとしてくる。
俺は変態だったんだろうか、ぼんやりそんな事を考える。
「どうしました、続けないんですか」
驚くほど近くで声がして、顔を上げれば目の前に男の顔があった。レンズ越しに覗き込む冷たい眼差し。背筋がぞくぞくする。
開いた口から間抜けな音が漏れた。
「其れともあの男にされた様に、誰かに触れられて突っ込まれねば終われないんですか」
「なっ」
にを。続けようとした言葉は嬌声にかき消される。
俺と死神の他に誰も居ない場所で、死神がこんな声を上げているとは思えないから声の主は俺なんだろう。
なるほど、1つの口からは同時に別の音を発せられない。俺の言葉が途切れたのも道理だ。
「あ、あっ…んぅ」
存外綺麗で長い指がズボンの隙間から入り込んで、俺の性器を器用に擦り上げる。
「我々死神は生殖行為を必要としない上に、人間や悪魔が持つ肉欲も存在しません。故に私にあの悪魔のような行為を期待されても困ります」
「く、んっ!あ、や、そこっ」
ぐちぐちと厭らしい水音が耳に届く。熱くなる俺の体とは対照的に死神の指も表情も冷たいまま。
悪魔はあの時ちゃんと行為の最中俺と同じくらい熱くなっていたから、死神と言う存在が特別なんだろう。
神様の作った存在だからだろうか。神様は汚い欲とは無縁だからだろうか。
じゃあ、何で俺達人間は欲を持って生まれて来るんだろう。
俺達は神様が作った存在じゃないんだろうか。
「ふ……ああっ!」
くだらない思考に落ちていた意識が一際強い刺激によって引き戻される。滲んだ視界の向こうで冷たい目が俺を見ていて、直接与えられる刺激よりも其れに興奮してあっさりとイった。
イく瞬間、驚いたように少し見開かれた眼が人間みたいで、何だか笑いがこみ上げて来る。
荒い息を吐きながら、もう何時もの表情に戻ってしまった死神の顔を見上げた。
死神は不快そうに俺のが付いた手を見、水を払うように手を振った。
どういう原理か、其れだけの動作で手や服に付いた汚れがはじけ飛ぶ。
「……便利な身体」
こっちはまだどろどろのベタベタだと言うのに。思わず口をついた言葉に反応してか死神は此方を見た。
何時もの顔、何も変わらない。
其の事実に少しだけほっとする。
「其れで、頭は醒めましたか」
「……逆にヤバイ気もするけど、多分さっきよりはマシ」
「まあ、其れで手を打ちましょう」
ベタ付く身体を運良くポケットに入っていたハンカチで拭いて、死神に背を向けて服を整える。
あそこまでしてしまったが、醒めた時の羞恥心だけは拭えない。
「次の仕事です」
「今度は何処の誰さん?」
何となく目を合わせるのが気まずくて、いつもは気にしないフードまで丁寧に直しながら問い掛ける。
死神は俺の様子を気にした風も無く、淡々と続けた。
「死亡時刻は一ヶ月後、死亡者は南樹」
弾かれたように振り返った。
俺の視線を受け止めても尚死神の表情は変わらない。
まさか、と言う言葉が頭の中をめぐる。さっきまでの気まずさは既に無い。
「君の友人ですよ」
何でも無い事の様に告げられた言葉に、心が悲鳴を上げた。
身体がどうこうではなくて、多分精神が疲れてるんだろう。
見た事無い相手でも、赤の他人でも、目の前で失われていく姿を見るのは正直辛い。
其れでも泣かずにお別れ出来るのは、心の準備が出来ているからだと思っていた。
あんなに行くのが嫌だ、と思っていた学校が、今では待ち遠しくて仕方が無い。
あの死神の管轄はどうやらこの辺り一帯らしいが、うちの学校にいる奴らは矢鱈頑丈なのか大抵の事は怪我で終わってしまう。
其の事に心の底から安堵して、俺は今日も授業を寝て過ごす。
「あー……だりぃ」
思わず口をついて出た言葉を耳聡く聞きつけたらしく、亜紀人が振り返った。
目の前の席に小動物の様にちょこんと腰掛け、首を傾げる。
何でこいつはこう、いちいち女々しいと言うか男っぽくないと言うか。
あれ、これ同じ意味か?
「カズ君何だか今日はお疲れだね、どうかしたの?」
「ああ、ちょっと寝不足でな」
寝不足。そうだ、俺は多分寝不足なんだ。
死に触れて精神が疲れる以上に、いつもなら寝ている時間に起きて魂の回収を行う。その後結局眠るけれど、いつもよりは睡眠時間が短い。
自覚した途端欠伸が出た。
間抜けな表情を晒していたが、亜紀人は笑う事無く真っ直ぐ俺を見ていた。
「んあ?何だよ、亜紀人」
「あー……うん、何て言うのかな。最近カズ君、変わったよね」
でっかい目を瞬かせて亜紀人はそんな事を口にした。
何気なく発せられた言葉にどきりとしてしまう。
俺が変わった様に見えるなら、其れは確実にあの体験が原因だ。
「そう、か?」
「うん。ちょっと大人っぽくなったって言うか。……あ、もしかして彼女でも出来たのー?」
「何ぃ!!!!」
にやにや楽しそうに覗き込む亜紀人の言葉に、何時もの様に周りが過剰反応を示す。
素早くイッキが俺の首を絞めにかかり、オニギリが絡んでくる。其の向こう側に楽しそうな亜紀人と、何事か騒いでる女子三人組。
「カズ!!貴様雑魚の分際で俺様より先に彼女を作るとは!!」
「ぐあ、ちげっ!」
「ゆ・る・さ・ん!!!」
「ぐえええ!!」
「何処に行った!」
「あの裏切り者め!」
ばたばたと激しい音を立てて遠ざかっていく足音。
嵐の様な其れが小さくなってから漸く安堵の息を吐いた。
「何だってんだよ、たく」
殺気を撒き散らしている童貞2人組に俺は溜息を吐いた。勝手に勘違いして殺されたらたまったもんじゃない。
多分やつらは俺が脱童貞したと思っているんだろう。
「……」
瞬間いつかの出来事を思い出して顔が熱くなる。
長い指が肌を撫でる感触、口付ける唇の柔らかさ、そして何より忘れられない俺を穿つアレの温度。
よくよく考えれば、あんな場所に突っ込まれて痛みが無かったのはおかしかったけれど、多分そう言う存在なんだろうと納得してしまった。
俺はあの時、俺に対して愛ばかり呟くあいつの与える快楽に翻弄されていた。
貫かれた時の悦び、揺すられる度に駆け上がってくる其れに声を上げてもっともっとと強請って。
「うわ……」
気付けば股間が軽く持ち上がっていた。身体の反応の良さに苦笑する。
誰も居ない事を確認してからそろりと手を這わせれば、僅かだが快感を感じる。
技巧も何も無く本能の赴くままにズボンの上から其処を擦れば、直ぐに反応しじわりと湿り気が伝わって来た。
「っ……」
一体何をしているんだろうと頭の何処かで冷静な自分が問い掛ける。
馬鹿な事をしていると分かっていながら、あの時覚えた快感を欲して手が動く。
思い出してしまったら到達するまで止まれない、止まりたく無い。
もつれる手でベルトを外し、ズボンの前をくつろげた。もっともっと、体が其れをねだる。
「何をしてるんですか、君は」
熱でどうかしていた頭が一瞬で醒めるほど冷たい声。
いつの間に現れたのか、日を遮る様に立つ男の影が俺を覆っていた。
暖かい手が俺の頬を包む。身体に篭った熱が徐々に冷めて行くのが分かった。
顔を上げた先に居るのは何時ものように俺を見下ろす死神。唯、其の目に宿る色は侮蔑と嘲笑だ。
「な、何でお前っ!」
「次の仕事が入りましたので連絡に来たんです。……ああ、ご心配なく続けて私の事は気にせず続けて頂いて結構ですよ」
「続けっ?!」
「そんな呆けた頭で連絡事項が伝わるとは思えないのでね」
抑揚も無く「どうぞ」と告げられて続けられる筈が無い。俯いて唇を噛み締める。
顔が熱いのはさっきまで感じていた熱の所為じゃなくて、羞恥の所為だ。
決して興奮の所為じゃない。
そう思うのに温度を感じない目で見下ろされて、一度醒めた頭がまたぼうっとしてくる。
俺は変態だったんだろうか、ぼんやりそんな事を考える。
「どうしました、続けないんですか」
驚くほど近くで声がして、顔を上げれば目の前に男の顔があった。レンズ越しに覗き込む冷たい眼差し。背筋がぞくぞくする。
開いた口から間抜けな音が漏れた。
「其れともあの男にされた様に、誰かに触れられて突っ込まれねば終われないんですか」
「なっ」
にを。続けようとした言葉は嬌声にかき消される。
俺と死神の他に誰も居ない場所で、死神がこんな声を上げているとは思えないから声の主は俺なんだろう。
なるほど、1つの口からは同時に別の音を発せられない。俺の言葉が途切れたのも道理だ。
「あ、あっ…んぅ」
存外綺麗で長い指がズボンの隙間から入り込んで、俺の性器を器用に擦り上げる。
「我々死神は生殖行為を必要としない上に、人間や悪魔が持つ肉欲も存在しません。故に私にあの悪魔のような行為を期待されても困ります」
「く、んっ!あ、や、そこっ」
ぐちぐちと厭らしい水音が耳に届く。熱くなる俺の体とは対照的に死神の指も表情も冷たいまま。
悪魔はあの時ちゃんと行為の最中俺と同じくらい熱くなっていたから、死神と言う存在が特別なんだろう。
神様の作った存在だからだろうか。神様は汚い欲とは無縁だからだろうか。
じゃあ、何で俺達人間は欲を持って生まれて来るんだろう。
俺達は神様が作った存在じゃないんだろうか。
「ふ……ああっ!」
くだらない思考に落ちていた意識が一際強い刺激によって引き戻される。滲んだ視界の向こうで冷たい目が俺を見ていて、直接与えられる刺激よりも其れに興奮してあっさりとイった。
イく瞬間、驚いたように少し見開かれた眼が人間みたいで、何だか笑いがこみ上げて来る。
荒い息を吐きながら、もう何時もの表情に戻ってしまった死神の顔を見上げた。
死神は不快そうに俺のが付いた手を見、水を払うように手を振った。
どういう原理か、其れだけの動作で手や服に付いた汚れがはじけ飛ぶ。
「……便利な身体」
こっちはまだどろどろのベタベタだと言うのに。思わず口をついた言葉に反応してか死神は此方を見た。
何時もの顔、何も変わらない。
其の事実に少しだけほっとする。
「其れで、頭は醒めましたか」
「……逆にヤバイ気もするけど、多分さっきよりはマシ」
「まあ、其れで手を打ちましょう」
ベタ付く身体を運良くポケットに入っていたハンカチで拭いて、死神に背を向けて服を整える。
あそこまでしてしまったが、醒めた時の羞恥心だけは拭えない。
「次の仕事です」
「今度は何処の誰さん?」
何となく目を合わせるのが気まずくて、いつもは気にしないフードまで丁寧に直しながら問い掛ける。
死神は俺の様子を気にした風も無く、淡々と続けた。
「死亡時刻は一ヶ月後、死亡者は南樹」
弾かれたように振り返った。
俺の視線を受け止めても尚死神の表情は変わらない。
まさか、と言う言葉が頭の中をめぐる。さっきまでの気まずさは既に無い。
「君の友人ですよ」
何でも無い事の様に告げられた言葉に、心が悲鳴を上げた。
わからなくて、でも、それは真実で
(認めたくないと心が叫んでいても)