#02 //

 壁にかけられた真新しい制服に見覚えがあった。兄、と言うか、赤羽隼人とは違うデザインの其れを私は目にした事があった。
 立体の其れに出会うのは初めてだけど。
 其れを手にして袖を通した瞬間、極自然に涙が一粒だけ落ちた。


 まだ夢の中に居る気分なのに、これが現実だと突きつけられている。









 出かける直前手渡されたのは一枚の地図。
 直接は見慣れていない顔を見上げて首を傾げると、大袈裟な溜息が返って来た。
 「学校までの地図だ。どうせ迷子になるだろう?」
 「なっ!………ならない、とは、言い」
 「きれない」
 私が言葉に詰まるのと同時に溜息がもう一度。し、幸せが逃げるぞ!
 「学校までの行き方が書いてある、これを参考にして後はパッション」
 「パッション?!」
 「の音楽性なら迷うだろうが、この地図をプラスすれば辿り着けるだろう」
 「……私の音楽性って、『お兄ちゃん』にはどう見えてるの…」
 意識しなくても極自然に口をつく台詞に、いちいち心が反応する。
 其の反応は表に出て居ないだろうが多分赤羽隼人は気付いている。気付いているが、多分何かわからなくて困惑しているかあるいは転校…違うな、転入に対する緊張と取っているだろう。
 そうであって欲しいという若干の希望を抱きつつ、二人で並んで駅まで歩いた。

 「番戸なら此処から歩いて通えたんだが」
 歩く道すがら、溜息とともにそんな事をいわれる。  そんな事を私に言われても、困る。  「だって」
 言葉を濁して何とか言い訳を考える。たった2人で暮らしているから多分仲は良いんだろう、この兄妹は。
 だけど同じ高校に通うのは嫌だって、その理由を考えなくちゃ。
 どうしよう、どうしたら良いんだ。私に置き換えたら良いのか?
 1人ぐるぐる混乱していると隣から溜息が聞こえて来た。身体がびくりと反応する。
 恐る恐る見上げると、存外優しい視線が向けられていた。
 心臓が跳ねる。
 「怒っているわけじゃない。唯、お前は女の子なんだから危ないだろう」
 「大丈夫だよ。私より可愛い女の子なんて五万と居るし、痴漢もストーカーも狙うならそっちに行くでしょ」
 鏡を見て自分の顔が以前と同じである事は確認済だ。折角赤羽隼人の妹設定なんだから、もう少し美人顔でも良かったのになと思うがこればかりは仕方が無い。
 最近の高校生は大人っぽいし美人さんも多いし、スカート短い子多いし。
 髪は染めて無いから地毛のままだし、化粧道具が見つからなくてすっぴんの上、初日だからって事でスカート丈規定の私を狙うよりはそっちに行くだろう。
 マニアックな人だとどうか分からないけど。
 「此処から巨深方面は逆より空いているらしいが、通勤通学ラッシュと重なれば其れ相応に混むだろう。十分注意して行くんだ」
 サングラス越しに真っ直ぐ私を見下ろして赤羽隼人はそう言うと、私の頭をくしゃりと撫でた。
 長い指と大きな掌が、慣れた手つきで撫でてくる。

 矢張りこの人は兄なのだ、と実感した。


 「大丈夫だよ、お兄ちゃん。……行って、きます」
 「行ってらっしゃい。気をつけてな、


 口の端を上げて笑う赤羽隼人に笑い返して、私は改札を通った。
 知られていなければ良い、定期を通す時手が震えていたなんて。



 私は此処から帰れるのだろうか、と今考えている。
 此処が何処か理解してから、ずっと考えている。




 夢なら早く目が覚めて、と歩きながら其れだけを願った。









  ゆめうつつ
 (でなきゃ、出会ってしまうのに。そうしたら、私は)